6人が本棚に入れています
本棚に追加
キャンパスで唯一の近代的なビルは三階までしかないが、落ち着いた雰囲気の外観で、時計塔にもなっている。その三階に学生連合会長の部屋は有った。
「失礼します」
桜木さんは細身のスーツ姿で、パンプスを絨毯の中に踏み込む。やあ、と祐天寺会長は機嫌良さそうに挨拶した。
「その後どうかなと思って」
フォークダンス部のことだ。急ぐ話でもないしそんなことメールやLINEで済ませばいいのかもしれないが、気を付けていても足跡が残ってしまう危険を考えると、桜木さんはしょっちゅう呼び出されねばならない。いつものお決まりアイテム、飲んでもいないブランデーのボトルとグラスはあいかわらず会長のデスクの上に乗っていて、初めて会った時から趣味は変わらないらしい。そんなこと桜木さんにはどうでもいいことなのだけれど。
「特に、何も変わっておりません。でも、放っておけばあと二ヶ月で自然消滅です。何故そんなにお急ぎなんですか」
「迅速に事を運ぶのが好きなので」
「それで、人の仕事に干渉されるのもご趣味ですか」
会長は黙って笑っていたが、何も言わない。
桜木さんはふいとヒマラヤ杉のてっぺんが見える窓辺に寄って、大きなガラス越しに外を眺めた。
「でも、桜木君。君に何かいい具体案でも有るのかな。強引な手を使うのを避けたいようだったから、協力しようとしているつもりなんだけど」
「卑劣な真似を」
「常識的に考えて、実害を加えるはずがないだろう」
「あなたはあの時約束を破った。だから信用できません」
桜木さんは突如振り返り、じっと、会長の目を見つめた。今日は彼女は笑っていなかった。会長は笑ったままだ。だが、何を言うべきか迷って困ったようにモンブランのボールペンを指でくる、くると回している。ちょっと機嫌を悪くするとこうなる。この方何年か自宅浪人でもしていたのかしらと会長のその器用な手つきを見て意地悪く思う桜木さんであった。
最初のコメントを投稿しよう!