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「相手の男は? 学年からするともう卒業したのかな」
「いや、それが、結局大学をやめて、よその大学に行ったらしいよ。こうなっちゃあここでは居心地も悪いだろうし、桜木教授にも睨まれてるし。万葉集を専攻しようとしていた学生らしいから、桜木教授に睨まれちゃあな」
桜木教授はたまにテレビにも出ていて、万葉集における枕詞と農耕儀礼の関係についてなどの本を書いた偉い先生なのである。
「ふうん。それじゃあ、恋破れても忘れがたく、白藤をやめて杉山に来ちゃったのね」
と真理子さん。
「お。文学的」
と庄田。
「どこが??」
と本田。
「彼女の方も、こんなスキャンダル起こしちゃあお嬢様学校にいられないでしょう。不埒な学生もいなくなったし、ここ杉山大なら桜木教授の監視が有るからってことで、親に許されて出てきたんじゃないかなあ?」
松木さんは目をつぶってうんうんと自分の言葉に頷きながら言った。
「そうだったのかあ」
さすがに桃子も桜木さんが気の毒に思えてきてしまった。
相手の男は……この杉大をやめて、よその大学に行ったのか。そして今も万葉集を学んでいるのだろうか。桜木さんを捨てて。そう思うと、ちょっとその男が憎たらしくなった。
「で、どこの誰なのよ、その万葉集男は」
「そこまでは僕も知らないなあ。関東にいるのかどうかもわからないしね。だから、桜木さんをいじめないでくれよ」
「我が背子に恋ふれば苦し暇(いとま)あらば拾ひて行かむ恋忘れ貝。
←桜木chanが日本文学概論の教科書に線を引いていた歌。涙。」
松木さんはノートを取り返すと、大事そうにカバンに入れて、去って行った。
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