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10.防衛戦
杉山大学学生連合会長は、夏だというのにシックなスーツを着て、黒い髪を清潔に整えいかにもといった感じの好青年風に礼儀正しく、かつ少々堅苦しい挨拶で声をひそませ緊張する様を演じながら、元華族にして某公益財団法人会長の御前に立っていた。天気の良い午前中、手入れされた庭の緑が色濃く、窓の外に見える。初老の名誉会長はさすが物事に動じない、落ち着いたご様子で、目には優しげな笑みさえ浮かべておられた。
「今日は忙しいところ呼び出してしまってすみませんね」
意外に気さくにお話しになるさる御方は御歳七十五。だがまだ髪も黒く、仕立ての良い背広をきっちりとお着こなしになり、年齢より若々しい印象を受けた。名誉会長は杉並大学学生連合の名誉顧問という御立場であらせられ、年に数回学生連合会長の表敬訪問、活動報告をお受けになるのであった。
「とんでもありません、いつも我々学生の活動に関心をお寄せくださり、お時間を割いてくださって、大変に恐縮です」
笑みと苦慮の半ば入り交じった表情で、祐天寺は名誉会長のご機嫌を量ってみる。名誉会長はゆっくりとお座りになって、早速ふところから一通の手紙をお取り出しになった。ペーパーナイフで丁寧に開封されたその封筒は、ごく普通の最大定形郵便だが、裏に差出人の名前は無かった。名誉会長は中の白い便箋をゆっくりとお取り出しになり、祐天寺に差し出された。
何事かとさすがに心中焦ったが、彼は動揺を隠し、恭しくそれを受け取った。
「こんなものを送ってくれた学生さんがいましてね」
白い便箋を開くと、下の方に杉山大学のロゴが入っている。杉山大の生協で売っているものだ。全部読む前に全て悟った祐天寺会長は、内心で舌打ちをした。
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