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「とまあ、ジョークはさておき」東雲モメは両手の指を絡ませてテーブルに置き、東条アキラの目をまっすぐに見据える。「そろそろ本題に入りましょうか。キャラクターが勝手に動いた件、でしたよね」
「はい」
「東条さんはつまり、どうしたらキャラクターが勝手に動くのか、その方法を知りたい。ってことで合ってますか?」
「基本的には、そうですね。はい」
「それを聞くために、わざわざ素人作家の職場を特定して、ここまで足を運んだんですか? わたしなりの考えを話すことはもちろんできますけど、本当にただの素人考えですよ?」
「ですが、知りもしない哲学者の言葉をキャラクターが勝手に引用したんですよね? それは普通のことではない。僕は特に、その現象が起きた経緯を知りたいんです」
彼自身の発言との奇妙なリンクについては触れなかった。それ自体はただの偶然という可能性が否定できなかったからだ。
「わかりました。ではわたしなりの考えをお話ししますね。と言っても、すごく単純なことなんですけど。東条さんは今、何か具体的に困っているシーンなどがあるんですか? もしよければ、それを例にして、わたしのやり方を説明しますけど……」
東条アキラは『シラフの森』のあらすじを伝え、クライマックスの展開に不安があることを打ち明けた。
特に気になっているのは、シラフの森に迷い込んだまま失踪してしまう小野寺美紀というキャラクターと、彼女の恋人である佐伯雄二の心理だった。
小野寺美紀はシラフの森に迷い込み、ある偶然によって森の秘密に気付いてしまう。
シラフの森は闇を抱えた人間が正気に帰る場所であると同時に、そうした人々の狂気が蓄積される場所でもあったのだ。森に立ち込める霧は捨て去られた邪悪なエネルギーそのものであり、このまま人々の狂気が注がれ続ければ、シラフの森の境界はやがて決壊し、現実世界が森に呑み込まれてしまう──小野寺美紀はその事実を知り、森から出ることをためらったのだ。
しかしそうとは知らぬ彼女の恋人、佐伯雄二は、彼自身も精神を病んだ末にシラフの森へ迷い込んでしまう。そしてそこで待っていたのは、森の悪魔と化した小野寺美紀だった。彼女はこれ以上の狂気の蓄積を防ぐべく、森に迷い込む人々を誘惑しては森に棲まわせていたのだ。
佐伯雄二は選択を迫られる。
彼女と共に狂気の巣食う森に留まるか、あるいは彼女の目を覚まさせて現実世界に帰るか。ただし後者を選んだ場合、彼女に誘惑された人々の狂気が一斉に解き放たれ、現実世界が森に侵食されることとなる──
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