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「そのキャラクターを、身近な誰かに置き換えるんです」  彼女が明かした手法は本当に単純なものだった。東条アキラは拍子抜けしたような、理解が追いつかないような、掴みどころのない気持ちになった。その戸惑いを察知したのか、東雲モメは慌てて説明をつけ加える。 「でも本当にそれだけなんです。要は行動原理をしっかり設定できればいいんでしょうけど、実在の誰かを思い浮かべちゃえばその辺りが格段にラクなので。今の話だったら、そうですね、一番身近なカップルにでも置き換えてみたらどうですか? 自分じゃダメですよ。この人ならどうするだろう、ってワンクッションあるのがポイントなんです」 「身近なカップル……」  東条アキラは言われるままに想像してみた。思い浮かべたのは同居人の木田マモルとその恋人である朝倉アサミのことだ。付き合いだして半年も経っていないが、近頃は木田マモルも家に帰ってくることが減っており、二人の関係は極めて良好に思える。朝倉アサミが森の悪魔と化し、木田マモルがその後を追うようにシラフの森へ迷い込んだらどうなるか── 「ううん……口調や性格なんかが一致しない部分もあるので、単純に置き換えるのは難しいですね」 「それならもう、キャラの方を思い切って変えちゃうんです。知り合いにガンガン寄せてけばリアルな行動を想像しやすいですよね?」 「それはそうかもしれませんが……」  ここまで書いてきたキャラクターを根本からそっくり変えてしまうことには抵抗があった。確かに説得力のある行動を描けるかもしれないが、本当にそれでいいのだろうかという疑念は拭えない。 「まあ、少なくともわたしはそうしてるってだけの話ですけどね。素人作家だからこそ、そうでもしないとリアルな言動を引き出せないのかもしれません」 「あの、でもそれだと、知らない哲学者の言葉をキャラクターが引用したって件は……」 「その延長ですよ」東雲モメは何でもないことのように告げた。「わたしはある時から、徹底的にこの手法を突き詰めることにしたんです。だから『Killertuned Planet(キラーチューンド・プラネット)』の登場人物も、みんなわたしの知人です。たとえば東条さんがうちの店で話しかけてたバイトの橋本君。彼は主人公たちのリスナーコミュニティのひとりです。中盤で福音カルトに殺されちゃうんですけどね。とにかくそうやって置き替えを続けていくと、物語の登場人物と現実の登場人物の境がどんどん曖昧になっていくんです」 「はあ……」 「それってつまり、現実の侵食を受けてるわけじゃないですか。だからその境界は既になくなってるわけで、自発的な侵食も起こり得ると思うんです」 「自発的?」  ──何かがおかしい。  東条アキラは段々と、東雲モメの発言に違和感を覚え始めていた。 「自発的というのは、物語の登場人物が現実の何かから影響を受けるということです。別におかしなことじゃないですよね? たとえば世相が反映された物語なんてごまんとあります。ごまんと! だから、実在する哲学者の言葉が物語のなかに存在したって何ら不思議ではない。むしろ物語内の哲学者が現実の歴史に影響を与えた可能性だってあります」 「ちょっと待ってください。歴史に影響を与えたって……それはつまり、フィクションが現実に反映されるってことですか?」 「そうです」  ──ダメだ。東雲モメは正常ではない。  東条アキラはそう悟り、今すぐこの場を離れたい衝動に駆られた。 「だってそうじゃないですか! そもそも歴史って物語ですよね? ネットや教科書に書いてあったらそれは本当なんですか? 敵は本能寺にあり!! そんなこと言ってないって話じゃないですか! 完全フィクション、たわごとです! たとえば世界中の人々が結託して、起きてもいない歴史を一生懸命インターネットに書き続けて巨大な石碑を残したりしたら、何世代か後にはそれが事実になってるんです! そういうことなんですよ!」  語気を増していく東雲モメを、東条アキラは呆然と見つめていた。  ──彼女は狂っている。  我に返って辺りを見回すと、ちらほらといる他の客や店員がこちらを見ていた。それとない風を装っているが、不審がられているのは明らかだ。これ以上ここに留まることはできない。 「境界がないなら、逆だって起こるかもしれない!」  彼女はもはや、東条アキラのことすら見ていなかった。自分の両手を見つめ、わなわなと震えながら一心不乱に喚き続けている。 「そうですよ! 物語の登場人物がわたしに影響を与えるんです! こうして話しているわたしの言葉は、キャラクターの言葉なのかもしれない! 登場人物とわたしのリンク! 一体化です!! すべてがひとつに──
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