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 東条アキラは静岡までの新幹線内で東雲(しののめ)モメに関する調査を続行した。今度の対象は、彼女が小説投稿サイトにアップしている作品の内容だ。  短編・長編様々な十以上の作品が既に投稿されている。東条アキラはその中から最新作の長編を選び、それを読んでみることにした。 『Killertuned Planet(キラーチューンド・プラネット)』  それがタイトルだった。大枠としてはいわゆるポストアポカリプスものであり、何者かによる世界規模の攻撃によって文明社会が崩壊した後の地球が舞台となっている。  特徴的なのはそこで使用された兵器だ。「特殊音響拡散器」と呼ばれるその兵器は、ある日突然、世界各地に降り注いだ。巨大なミサイル状の物体であるそれは、着弾と同時に内部からスピーカーがせり出し、超大音量のを発し始める。その音は人間や一部の動物の脳に特殊な効果を及ぼし、それを聞いた者は耳から血を噴出させて即死してしまう。世界各地に突如襲来したそれは、何も知らぬ人々を一瞬にして抹殺し、文明社会の機能をあっという間に停止させた。  生き延びたのは攻撃時に何らかの形で耳をふさいでいた者のみ。そこには例えば、ヘッドホンで音楽を聴いていた者や、大音響のライブイベント等に参加していた者、聴覚に障害を持つ者などが含まれる。ただし、特殊音響拡散器のスピーカーはその後も機能し続けており、ミサイル襲来時にヘッドホンで難を逃れたとしても、事態に気づかずそれを外してしまえばその時点で命運は尽きる。  結果、耳をふさいだまま世界の異変に気づき、「聞いてはいけない」という原則にまで気づけた者たちが崩壊後の世界を生きることとなる。しかし特殊音響拡散器が核兵器をもってしても破壊できないという事実が明らかになると、絶望の末に自ら聴覚を捨てる者も続出した(そのための手術を行う過程で「音」を聞いてしまった者や、手術そのものによって命を落とした者も多い)。  それでも聴覚を捨てず、音楽で耳をふさぎながら生き続ける者たちはやがて「リスナー」と呼ばれるようになり、世界各地でリスナーコミュニティが形成されていった──  というのが基本的な世界設定だ。そして物語は、関東のどこかと思しき場所でサバイバルを続けるリスナー集団を追っていく。常に耳をふさぐ必要があるため、主要人物は皆、コミュニケーションツールを兼ねたヘッドホン状の特殊なガジェットで音楽を聴いており、そのデザインや選曲に各キャラクターの個性が表れている。  なかなかキャッチーで面白い仕掛けだ、と東条アキラは感心した。  また、リスナーたちはヘッドホンガジェットのバッテリー切れを常に警戒しなければならず、これをめぐって様々なドラマが発生する。東条アキラが読了した範囲内でも、対抗勢力とのバッテリーの奪い合いや、バッテリーの持続時間向上を目指す博士キャラの奮闘、愛する人に自分のバッテリーを譲る自己犠牲展開(主要キャラの一人が耳から血を噴き出し派手に死んでいく場面は胸に迫るものがあった)など、このコンセプトは様々な角度から利用されている。  さらには特殊音響を「究極の福音」と考えるカルト的リスナー集団も登場し、これが目下の悪役となる。彼らは福音を広めるべく各地でリスナーのヘッドホンガジェットを破壊して回るという厄介な存在だ。  全体を通した目的としては、特殊音響拡散器の仕組みを解明していく謎解き要素があり、これが物語の大きな推進力となると同時に、クリフハンガー作りの強力な材料となっている。その一例としては、ノイズキャンセリング技術を応用して特殊音響の打ち消しを試みる展開があり、緊迫感に満ちた命懸けの実験パートでは東条アキラもページをスワイプする手が止まらなかった。  物語の終着点としては、特殊音響拡散器を放った攻撃者の正体に迫り、その何者かと対峙する展開が予想される。だが生憎、最後まで読み切る前に新幹線は静岡に到着していた。
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