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店名はマトーネ・ス・マトーネ。こぢんまりとした雰囲気のイタリアンレストランだ。東条アキラはテーブルにつき、よく分からないまま、何やらのブルスケッタなるものを適当に注文した。
テーブルから首をのばして厨房を覗いてみると、確かに女性らしき姿がある。
──あれが東雲モメかもしれない。
だがしかし、いったいどうやって確認すべきだろうか。
考えあぐねた結果、彼は単刀直入に切り込むことにした。ブルスケッタを持ってきた学生風の店員に対し、東雲という人はいるかと尋ねたのだ。
「しののめ……? いや、そういう人はいませんね」
「そうですか。ならいいんです、どうも」
店員は不思議そうな顔をして東条アキラのテーブルを後にした。
「東雲モメ」は恐らくペンネームだ。執筆活動を周囲に伏せている可能性もあるし、今のやり取りだけでは厨房にいる女性がそうでないと言い切ることはできない。
さて、どうしたものか。
とはいえ旅の疲れもあった東条アキラは、とりあえず腹を満たすことにしてブルスケッタなる料理をぺろりと平らげた。それが思いのほか軽食であったためデザートも追加で注文し、食後のコーヒーもゆっくりと味わった。
ここはひとまず引き下がるしかあるまい。
結局、東条アキラは何も確かめられないままマトーネ・ス・マトーネを後にした。
店を出ると外はそろそろ日が暮れかけていた。竜王も驚く次なる一手を指さなければ。そんなことを考えながら歩き出すと、誰かが彼を呼び止めた。
「あの」
振り返ると、白いコックコートを着た女性が立っていた。
長めのボブヘア。色は暗めのブラウン。東条アキラよりもわずかに背が高い。年齢当ての眼力に自信はなかったが、三十前後と言われればそう見える気がする。もしやこれは──
「東雲モメはわたしです」
「やっぱり……あ、すみません急に。迷惑でしたよね」
「いえ別に。それであの、どういった……」
この状況においてスムーズな導入など不可能だろう。東条アキラは端的に用件を告げることにした。
「キャラクターが勝手に動いた件について、話を聞かせてください」
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