脱出成功

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脱出成功

 青年はそんなことを考えながら、今日一日の配達の仕事を終えた。時刻は十七時ちょうど。そろそろ太陽が沈み暗くなって来る時間帯だ。  「お疲れ様です」  青年は仕事納めの挨拶をした。  青年は職場の仲間は多かった。  「山田、今から飲みに行かないか」  会社の先輩の一人柴田さんが青年にそう声をかけた。柴田さんは青年より全然先輩にあたる。歳も青年より五つ上だ。青年は郵便局に入社依頼柴田さんにはよく世話してもらった。  「今日はちょっとすみません。早く帰らなきゃならない用がありまして.....大変申し訳ございません」  青年が頭をペコリと下げ答えると、柴田さんは  「そうか、それなら仕方ないな。山田、まさかこれか」  そう言って小指を突き立てた。  「違います。違います。そんなんじゃ無いっすよ」  青年が照れ臭そう答えると  「そうか。じゃぁまた今度だな」  柴田さんは残念そうにそう言って  「お疲れ」  と一言呟いた。  「お疲れ様でした」  改めて仕事場の上司、同僚に仕事納めの挨拶をし青年は家路へと急いだ。  「今は飲みに行ってる場合じゃない。CATの店長さんの言う通り、チビ、今日あたりひょっこり出てきてくれないかな。早く帰ってチビの様子を伺わないと」  青年はそう思いながら、原付を走らせ、仕事場から五分ほどの自分のアパートに到着した。  「ただいま、チビ」  と大きな声で帰宅の挨拶をし、アパートのドアを開けた...その瞬間だった。  【良し、今がチャンスだ】  僕はすぐさまクローゼットから脱出し、ドアを開けたまま突っ立ってる青年の股の間をすり抜け部屋の外へ飛び出した。  青年の部屋は建物の二階にあった。僕は部屋から飛び出し、逃げる様に建物の階段を駆け降りて行った。    振り返ってみると、部屋の前でドアを開けたまま唖然として突っ立ってる青年が段々小さくなって行く。  【よし、脱出成功。早くお母さんのところに戻るぞ】  僕は青年が見えなくなるまで少し暗くなり始めた街中を精一杯走った。  「おいチビ、戻って来な。こっちに戻って来なさい」  遠くで青年がそう叫んでいたけど、僕はもう青年の姿が見えないくらいのところまで走って来たみたいだ。姿の見えない青年の声だけが虚しく僕に届いていた。  僕は嗅覚だけを頼りに2キロ以上離れたお母さんの元へ闇雲に走り続けた。  【お母さん待っててね。今戻るから】  僕はそう思いながらあたりを見渡すと、陽は完全に暮れ漆黒の闇に包まれていた。  CATに産まれてから一度も店内の外には出た事がない。僕にとってはこれが始めての外の世界だ。お母さんの元へ闇雲に走る僕は当然外の世界の恐ろしさを知る由もなかった。
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