剛との出会い

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 しかしこんな時になんだかすごく気分が悪くなって来た。嗚咽(おえつ)も止まらない。  「店長さん、決めました。この子にします。この一番おとなしそうな猫を下さい」  青年はCATのカウンターに並べられた僕と二匹のお兄さんの中から僕を選んで指差した。  どうやら、いろいろ考え過ぎて気分が悪かったからおとなしい猫だと思われたようだ。青年はおとなしい猫を欲しがっていたから僕を選んだんだろう。  【僕の里親はどうやらこの中太りの青年に決まったみたいだ】  僕はそう思いながら、ふっと横にいるお兄さん二人いや二匹を見た。相変わらずのんきにあくびや毛繕いをしている。僕はお兄さん達のあまりに人ごと、いや猫ごとな態度にいらいらし強い口調で  【一体なんなんだよ。なんでそんなに人ごと、いや猫ごとなんだよ。僕達兄弟三匹はいつも一緒だったじゃないか。オヤジがくれたご飯を仲良く三匹で分けて食べたり、奥さんが買ってくれたボールをお兄さん達と一緒に追いかけて遊んだこともあったよね。僕が周りの猫にいじめられた時、お兄さん二人はそいつを一喝して僕を守ってくれたよね。僕達三匹はいつも一緒じゃないのかよ。それなのになんだよ。僕これからこの青年の所に行ってしまうんだよ。お兄さん達とお別れなんだよ、なんとか言ってくれよ】  そう言い放った。  その直後、部屋の片隅にいたお母さんを見ると、強い口調で言い放ち興奮している僕の方を見ていた。しばらくしてから普段あまり喋らないお母さんが突然僕に優しく語りかけた。  『良いですか、よく聞きなさい私の三番目の息子よ。あなたの苛立ちはよくわかります。よくわかるけどね、猫ってね、良い飼い主に出会い、その人と一緒に暮らして行くことが一番の幸せなんだと思うの。優しい人間と暮らして行くのが一番幸せだと思うの。野良猫の寿命は三〜五年と言われてて、飼い猫は平均寿命十四年くらいと言われてるの。一見自由奔放に見える野良猫達も、実は生存競争はとても厳しく長生きできないのよ。結局のところ、猫は人間に飼われる宿命なのよ。あなたは里親の子として選ばれた。私はむしろ残されたあなたのお兄さん達ふたりのことが心配です。私の三番目の息子よ。行って来なさい、そしてどうか幸せに暮らすのよ』  【お母さんそうなの。僕はずっとここでお母さんやお兄さんと一緒に暮らして生きていきたいんだ。それじゃダメなの】  僕は涙ながらお母さんに聞き返した。  『それじゃダメ、ダメなのよ。ここにいる十五匹ほどの他の猫達を見てごらんなさい。みな毛並もぼろぼろでしょ、喧嘩も絶えないから体も顔も傷だらけでしょ。餌を与えられても食べられずずっとお腹をすかせてる猫もいるでしょ。ここにいても野良猫達と一緒なのよ。私の息子よ、行って来なさい。あなたが幸せになれることを心より祈ってるわ』  【お母さん】  僕は涙が止まらなかったけど  『見た感じ、この郵便配達の青年も悪い人じゃなさそうだし大切にしてくれそうな気がするけどね。あまりひどいようだったらその時はまたここに戻っておいで』  お母さんは僕にそう告げた。  そう言われて少しだけ納得はした気がした。確かにCATにいる猫達は皆お世辞にも決して幸せそうには見えない。みな傷だらけだし、ガリガリの猫も何匹かいた。お母さんの言うことが正しいのかも知れない。  【わかったよ。お母さんがそう言うなら僕行ってくる。この青年の所に行ってくるよ。こいつがひどい奴だったらいつでもここに戻って来るから】  最悪また戻っ来れば良い、と言う開き直りが少しだけ気を楽にさせた。  【ところでお母さん...】  僕はそう言いかけ、ふっとお母さんのいた方を見ると、お母さんは部屋から飛び出し、もうそこにはいなかった。  横にいるお兄さん達を見ると相変わらず毛繕いをしている。もしかしたらお兄さん達は、お母さんの言っていたことを本能的に理解しているのかも知れない。    【お母さん、たまらなくイヤになったらすぐに戻って来るからね】
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