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お母さんに会いたい
青年が僕に「クローゼットから出て来なさい」と呼びかけ、僕が意地を張り続け、クローゼットから一切出ないと言うやり取りが続き二日が経った。
青年が仕事で部屋にいない時ですら僕は一切クローゼットからは出なかった。青年がいない時だけエサ目当てにのこのこ出て来てるなんて思われるのもしゃくだから、意地を張るなら徹底的に張りたかった。
「そうかわかったよチビ、どうやらここで暮らしていくのはイヤみたいだね。CATの店長に連絡して、やっぱり飼えそうも無いこと伝えるから」
青年は意地を張りいつまでもクローゼットの中から出て行こうとしない僕に意外にも優しい口調でそう伝えた。
今は五月の半ば少し汗ばむ気温が続いていた。
【やばい、ずっとここにいたら暑さでやられそうだ。だけど僕にも意地がある。青年が僕を飼うことを諦めるまで絶対ここから出ないぞ】
僕はそう意地を張ったけど、クローゼットの中の暑さはたまらなかった。それに加え、クローゼットの中は寂しさを煽るような真っ暗闇だった。
【お母さん、会いたいよ】
僕は暑さでぐったりしていたし、真っ暗いクローゼットの中でとても弱気になった。
どうやら今日は青年も仕事は休みらしい。青年は僕にそう伝えた後、すぐに部屋にあるコードレス電話の子機を手にしCATに電話をかけた。
「あー、あのー、すみません。郵便配達の山田ですけど、店長さんですか。ちょっと話があるんですけど」
青年は辿々しい口調で電話ごしのCATの店長にそう告げた。電話越しからCATの店長の野太い声がかすかに聞こえてきた。
「郵便屋さんどうした。あげた猫はどうだい。元気にやってるかね」
かすかに聞こえてきた店長は青年にそう言って野太い声で笑ってるようだった。
「実はこの前もらった猫、僕の手の届かないところに入り込んでしまって、かれこれもうニ日も出てこないんです。エサも食べてくれないし、どうやらここは居心地が悪いみたいで、申し訳ないですけど、やっぱり僕には猫を飼えそうに無いので一度お返しします。本当にすみません」
そう言うと青年は電話越しだと言うのにオヤジに何度も頭を下げていた。
【青年、良く言った。これで僕もまたオヤジ、奥さん、お母さん、お兄さん達のところに戻れそうだ。そもそもあんたのところでペットは飼えないんだろ。大家さんに聞いてみますとか、嘘ついて飼おうとしちゃダメだなんじゃない。こんな汚い狭い部屋で無責任に飼おうと思ったのがそもそも間違いなんじゃない。始めからこうなるなんてわかりきってたことでしょ。とにかく僕をまたふるさとCATに返してくれよな】
僕は暑さで倒れそうなクローゼットの中で、ふるさとに返してもらえることを心待ちにした。
すると電話越しからまたオヤジの野太い声が聞こえてきた。それは以外な回答だった。
「郵便屋さん、なんだそんなことか。猫は新しい環境にすぐ馴染めるものじゃないから、始めはみなそんな感じだよ。大丈夫、大丈夫。猫だってさ、この暑さの中、ずっとそんなところに隠れたままではいられやしないし、お腹がすいたら必ず出てくるから」
オヤジは電話越しでそう言ってまた笑ってたみたいだ。
「そうですかね。餓死なんてしないでしょうね。この暑さで干からびたりしないでしょうね」
青年は不吉なことをオヤジに伝えた。
【ビクっ。餓死とか干からびるとかまったく縁起でもないこと言わないでくれる】
「はっはっは、郵便屋さん大丈夫だってそんなに心配しないで、明日ぐらいにはお腹すかせて出てくるさ」
電話越のオヤジは更に野太い声で笑っていた。
「わかりました。ありがとうございます。もう少し様子を見てみます」
青年はそう言うと電話を切り、子機を充電テーブルに戻した。
【オヤジなんだよそれ。飼えそうにないならまたうちに戻してくれってなんで言わないの。こいつ、自分で飼えないって言ってるじゃんか】
オヤジの以外な回答に僕はがっかりし、更にこの暑さもあってか、クローゼットの中で茫然とうなだれた。
【暑さってのもあるけれど、ニ日も飲まず食わず、そろそろかなりお腹が空いてきた。やばい、おしっこもしたい。真っ暗闇から早く出たいよ】
もう限界だった。
「チビ、CATの店長がさ、お腹空いたらチビも自ずと出て来るって言うからさ、僕は待つよ。意地張ってないでお腹すいたらいつでも出てきな。缶詰と水はここに置いとくからね」
青年は相変わらず優しい口調で僕にそう言った。
【冗談じゃ無いよ。
僕は、このまま.、ここから、出ないからな】
そう思ったけど、もう暑さも空腹も、真っ暗な視界も限界だった。それにさっきのオヤジの対応をみると、このまま意地を張っていてもお母さんの元へはどうやら帰れそうもない。
【そろそろここから出ないとさすがにやばいな。もう無理だ。オヤジもあんな感じだったし、どうやらお母さんの元へ戻る作戦は失敗に終わったみたいだ。ならば次なる手を考えないと】
僕にはお母さんの元へ戻れる新しい作戦を考えようとした。
【その前ににまずはここから出なければ死んじまう】
僕はひとまずこのクローゼットから出ることにした。
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