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「……」
熱田君は何と言っていいか分からないという様子で目を泳がせている。
今は、本当に気にしてないんだけどな。
「…そういえば、今回の部屋替えのタイミングで、僕と同室になる人の所も部屋替えがあったって聞いてたんだけど、君のところも何かあったの?」
相手が、聞いてしまったことに罪悪感を感じているなら、こちらも聞いてしまえばいい。
そんな思いで問いかけると、熱田君はバツの悪そうな顔をした。
「あー……なんか、同室のヤツがオレのことが怖かったらしくて。」
「え、そんな理由?」
「ああ。」
「ルームメイトのこと殴ったり、悪口言ったりしてないんだよね?」
「それは勿論」
「そんなよく分かんない理由で部屋替えとか、それこそ災難じゃん。荷物移し替えたりとか、大変でしょ?」
「いや…何度も部屋替えになってるから、荷物増やさないようにしてた。」
…いや、理不尽の極みかな!?
僕の場合は明確に理由があって、納得して(というか、僕が望んで)部屋を替えていたからまだ良いけど、熱田君は「なんか怖い」という漠然とした理由での部屋替えだ。しかも何度も。その上、そのせいで荷物たくさん持てなくなるなんて、すごく理不尽だと思う。
「荷物いっぱい増やして良いよ…共有スペースを混沌とさせようよ」
「それはなんか違くないか?」
親指を立てて言った僕の言葉に、熱田君は冷静に突っ込んだ。
「とりあえず、冷蔵庫のことは本気で頼むぞ。」
「分かったよ。それにしても、何に使うの?」
僕たちは寮生活だから、食堂がある。ほとんどの生徒は、飲み物以外に冷蔵庫を使うことはないと思うのだけど……
「夜食用に肉でも入れておけば、焼いて食えるだろ」
「ああ、なるほどね。」
深夜に焼肉…罪深いなぁ。
そんなこんなで、他愛のないことをいくつか話した後、勉強して、またちょっと話して自室へ戻った。
自室に戻る前、熱田君のことを少し揶揄いすぎてしまって、少し反省している。
多分、変なモードに入らせるのは避けられたとは思うけど…。やり過ぎには注意が必要そうだ。
1人になってから、少し前まで、今日みたいな生活ができるなんて、考えられなかったなと思った。
ルームメイトとあんな風に話すのも、友達を呼ぶのも。
少し前まで、ルームメイトに好かれないようにしようとか、あまり同じ空間に居ないようにしようとか、仮に襲われかけたら倒して逃げようとか、殺伐としたことしか考えてなかった。
まさか、こんな風に安心して過ごせる日が来るなんて。
スタンガンは、もうベット脇ではなく、クローゼットの奥に仕舞い込んでいる。
逆に、以前までクローゼットの奥に仕舞い込んでいた趣味の本は、デスク横の本棚に。
今は腐っているのは隠していないし、そもそも熱田君が勝手に部屋に入ってくるのは考えにくい。だから、隠す必要はない。
前よりも息がしやすくなった部屋では、勉強も趣味も部活の制作物もかなり捗った。
熱田君と同室になって、光と友達になって、景明とも仲良くなれて、岡君も交えて部屋で勉強するまでになった。
ずっと、こんな日が、こんな友達関係が続いていけば良いな。
午前3時、そんなことを考えながら眠りについた。
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