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「ねえ響子、もっとニッコリしたほうがいいわよ。せっかくの美人さんがもったいない。あたしからあなたに、これだけはアドバイスするけど、女はね、なんたって愛嬌よ?」
「また、おばあちゃんたら、古いことを」
憎まれ口をきく孫だが、もう口ほどには怒っていないのがわかる。そして、そういう孫が、とてもかわいい。
あたしたちは並んで歩き続けた。
歩きながら、さっき真由美に言われたことを思いだす。遠い昔の、あの日の初恋のこと。親が許してくれず、駆け落ちして、遠くの街で生活して、娘が生まれた。娘は大きくなって、ある日、なんだかパッとしないお婿さんをつれてきた。それでも娘は幸せそうで、やがて孫娘をふたり産んだ。長女の響子は、いま高校二年生の、みずみずしい青春のまっただなか。そう、あの日、あたしが晴彦さんと恋に落ちたのと同じ歳になった。
「ねえ、響子」
「なあに?」
「あなた、だれか好きな人、いないの?」
「え? なにそれ?」
うーん、脈なしか。せっかくの美人なのになあ。
あたしはちょっと笑い、でもいいか、と思う。響子の人生だものね。
「なにか言った、おばあちゃん?」
「ううん、別に。さ、急ごうかな」
夕暮れの街を行く人にまじって、あたしたちは家路を急ぐ。
わが家はもう近いぞ。
(了)
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