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2.失踪した隣人
彼女の家は、店のすぐ裏にあった。通うのが大変なのと、その他に理由があってここに家を建てて暮らしている。
朝、食事と身支度を済ませてから店に出るためドアを開けると、丁度外にも人がいた。彼女とあまり年齢の変わらない男性だ。
「おはようございます」
その背中に声を掛ける。
「やあ、おはようございます」
彼は振り返って彼女を見ると、笑顔を作って挨拶を返した。郵便受けを覗いている。ずっと前に、妻が失踪してしまってから、便りがないものかと毎朝そうしているらしい。
「いかがですか? 奥様からお便りは……」
気遣わしげに尋ねると、男はゆるゆると首を横に振った。弱い風に吹かれる風見鶏のようだった。
「今日も、ありませんでした」
「そうですか……」
彼女は目を伏せて、まるで我がことの様に残念がった。しかし、彼は手を振って、
「何か、すみません、いつも心配を掛けてしまって」
「いいえ、気になさらないで下さい」
「あなたにはあれからお世話になりっぱなしで……」
妻が失踪した日、彼が帰ると、彼女が台所で料理を作っていた。見覚えのない女に驚いた彼が、「妻はどうしたんでしょうか?」と尋ねると、彼女も驚き、目をぱちくりさせて言った。
「奥様は、私に夕飯を頼んでどこかに行かれました」
彼は妻の行き先も、料理を作っている彼女のことも何も聞いていないと困惑しているようだった。妻の交友関係を全て把握しているわけではないが、それでも、ある程度の友人は知っている。聞いた話、見た友人のどれにも、彼女は当てはまらないと言う。
妻のことで親身になってくれる見知らぬ彼女の優しさは本物だと彼は思っている。とは言え、不思議と彼女と再婚しようと言う気にはなれなくて、良き隣人として接し続けていた。
「あなたにくらい、便りを寄越せば良いのに……」
彼は呟いた。彼女は困った様に笑うと、会釈をして店へ向かった。
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