ラスト・ダンス

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 広間に入った途端、むせかえるような湿気と熱と甘ったるさと酸っぱさをごた混ぜにした臭いが同時に俺を襲った。 「岡本さんいらっしゃい。今、お茶出しますからね~。」  声をかけてきたスタッフを一瞥もせず、いつもの席で持ってきた本を開いた。広間の真中に据えられた長テーブルには、すでに数人の老人が定位置に収まっている。車椅子に縛りつけられたようになった「重症」の入所者だ。彼らは目も肌も白茶けて生きているかどうかわからない位だが、口だけは反芻動物のように盛んに動かし、本来一斉に食べるべき菓子をあらかた食べ終わっている。この人たちにも人間らしい時期があったとは信じられないし、自分もいずれこうなるのかと思うとぞっとしない。
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