ぐっどらっく

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*  経理に向かうと、横山弥子世はすぐに分かった。頭に焼きそばを乗せたような、派手な茶色の巻き髪女だ。ナチュラルメイクを好む紗奈とは真逆の、ハッキリしたメイク。綺麗だとは思うが、目元の赤いアイラインが、性格のキツさを主張しているよう。  弥子世はパソコンを操作していたか思うと、途中でスマホをいじり始めた。そして更には引き出しをほんの少し開けると、中から飴を取り出して口に放り入れた。  なんとも(せわ)しない。弥子世の斜め前のデスクで電卓を叩く紗奈が、とても真面目に見える。  そんな対照的な二人を眺めていると、僕の肩口をすり抜け、男が一人部屋に入っていった。紗奈の想い人である、営業の片桐君だ。  片桐君の存在に気づいた途端、弥子世が奇声を上げる。 「イッヤァァァアン片桐きゅん! 経理の私にどんな御用ですのんっ」 「いえ、きのう提出した領収書の件で山内さんに」 「山内……? やま、うち……やま……よこ……横山の私でも大丈夫ですぅ!」 「や、すいません。その名前変換は無理です」  弥子世の猛プッシュを華麗に躱し、片桐君が向かった先は反対側の紗奈のデスクだ。ギリギリと歯軋りをする弥子世の前で、片桐君が紗奈の為に少し体を屈めて話し始めた。  真面目な会話をしている二人の雰囲気は、兄である僕から見てもいい感じだ。二言三言交わし、片桐君が何か冗談でもいったのか、途中で紗奈がクスクスと小さく笑ったりもしている。  ……紗奈が片桐君と付き合い始めたら。紗奈を守るのは、僕の役目ではなくなるのだろう。そうなったら僕は……。  この時、紗奈と片桐君の結婚式まで妄想していた僕は、横山弥子世が高速でスマホになにかを打ち込んでいる事に気付いていなかった。
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