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弥子世にうまく丸め込まれた紗奈は、就業時間が過ぎてもUSBを探した。
「ないなぁ……」
照明も消されたオフィスで、辛うじて僕に聞こえる程度の声で紗奈が呟いた。散々探したのだからもう帰ってもいいと僕は思うのに、今日中にと弥子世が言ったが為、やめ時が分からないのだろう。
紗奈がポケットからスマホを取り出した。しばらく指を動かして画面を見つめていたが、数秒後、深いため息をついた。片桐君に今夜の食事の断りを入れたのだろう。
昔から人一倍優しくて、困ってる人を見過ごす事が出来なかった紗奈。自分の恋のチャンスを諦めても、誰かを助けようとする妹を、僕は誇りに思う。
紗奈が探し物を続行しようとした時、唐突にスマホが鳴った。
「もしもし、横山さん? 第二会議室、その隣の倉庫部屋ですね? 分かりました。鍵を借りて見て来ます」
弥子世がようやく紗奈を帰してくれる気になったようだ。スマホをポケットにしまい、紗奈が鍵の管理をしている総務の中村部長へと足速に向かった。
「鍵を貸してくださるだけで良かったのに、わざわざお付き合いくださって、すいません」
「いやいや。山内さんの為なら大丈夫だよ。第二会議室に、一体何の用があるんだい」
「あの、ちょっと探し物を」
観葉植物の影で丸くなってた僕には気付かずに、鍵を手に紗奈と部長が第二会議室へと歩いて行く。紗奈が鍵を開けた時に、うまいこと一緒に潜り込めたら。部長クラスの人間に僕の存在がバレてしまうと、今後紗奈が働きにくくなってしまう。どううまく忍び込もうか。
そう思案していると、紗奈のスマホがピルルと鳴った。紗奈が部長に断りを入れ、少し離れて電話に出る。
通話している紗奈の声は、抑えきれない乙女心が出ている。きっと片桐君だ。何度もすいませんと謝り、また次の機会にと通話を終えて帰ってきた。
「今のは、営業の片桐君かい」
「えっ……あの」
「いや、通知画面が見えたんだよ」
鍵を差し込む紗奈に、中村部長が言った。その声と雰囲気は、先程の雑談の時と違い無表情になっていた。紗奈も急な変化に戸惑っているようだった。
「君は、あの男と付き合ってるのかい。君は私の事を気にしていると、横山さんから聞いているよ」
スマホを握る方の紗奈の手首を、部長がじっとりと握る。
「いえ、あの、手を……離してくださ……」
紗奈の声は怯えて震えていた。きつく握られたせいか、紗奈の手からスマホが離れた。ドアノブを握るもう片方の手も、部長に掴まれてしまい、二人でドアノブを捻る形になっている。
「さあ、探し物があるんだろう。中に入って、私も色々と調べてあげよう」
「やっ……」
バタンとドアが閉まる音と、僕が飛び出したのは同時だった。ドアノブに手をかけたが、内側から鍵がかけられている。
「紗奈っ紗奈っ!」
叫ぶ僕の足元で、紗奈のスマホが鳴り出す。着信は、片桐。僕は咄嗟に電話を繋げてしまった。
『もしもし、山内さん』
「やい片桐! お前まだ会社の近くか! 近くにいるなら紗奈を助けに来い! 第二会議室で、紗奈が困っている!」
『あ、あんた誰だ! 山内さんが困ってるって、一体』
「いいから早く来い! このすっとこどっこーい!」
『は、はい!』
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