11人が本棚に入れています
本棚に追加
****
突然ドアが激しく鳴った。会議室の外側で誰かが体当たりをしているのだ。
「ちっ、馬鹿が。ドアが壊れたらどうするんだ」
暗い室内では、紗奈が口を塞がれて泣いていた。中山部長が紗奈を壁に押し付け、身動きの取れないようにしているのだ。
中山が顔を歪め舌打ちをした。ノックをされ、黙っていたらやり過ごせると思っていたのに、片桐のしつこさは想定外だった。
「山内くん、君さえ黙っていれば、片桐も諦めて帰るだろう。いいかい? 今後の片桐君と、自分の身の置き所を良く考えるといい」
耳に口が触れる距離で囁かれたのは、紗奈を奈落の底に落とすような言葉だった。
紗奈の脳裏に浮かぶのは、大好きな兄の姿。声が出せない代わりに、紗奈は強く心で念じた。
……助けて、お兄ちゃん……!
「紗奈ー‼︎」
突然、バァンと大きな音を立てドアが開いた。
照明が一斉に付き、その眩しさに紗奈の目が眩む。中山部長を見つけた途端、鬼の形相で飛びかかるその姿に、紗奈は驚いた。
「よくも、よくも紗奈に! 恥を知れー!!」
「ひ、ひぃぃ! やめたまえ片桐君!」
「よくも僕の妹を!」
「……お兄ちゃん? どうして……!」
男同士の乱闘を呆然と眺め、紗奈は腰を抜かした。自分に起きた信じられない出来事と光景を、うまく処理できない。
座り込む紗奈の前に、手が差し出された。顔を上げると、毎朝紗奈が挨拶を交わす、清掃員の俊江さんだ。
「大丈夫かい。今日の事は、悪い夢だと忘れちまいな」
「あの、でも……」
「ああ、アレね。気が済むまでやらせておあげよ」
慣れた手つきで片桐が中山部長の両手足をネクタイで締め上げる。ついでに丸焼き前の豚のようになった中山部長の姿を、スマホで連写している。
「も、もう私は大丈夫だから、それくらいで……」
紗奈が声をかけると、連写の手を止め、片桐が紗奈と俊江に向き直った。見た目は確かに片桐。しかし、普段の彼とは全く違う雰囲気。
「紗奈……無事でよかった。僕の、大切な紗奈……」
そっと抱きしめる優しい腕の中で、紗奈はずっと抑えていた泣き声を漏らした。その温かい腕を、眼差しを、懐かしく思いながら。
「助けてくれてありがとう……お兄ちゃん」
最初のコメントを投稿しよう!