社長の秘書は鉄の女

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それでも、思ったより仕事は楽しかった。 面着だけでなく、電話での応対や来客者のデータ管理も受付事務の仕事だ。コツコツ努力しながら自分なりのやり方を確立していく。そんな柔軟性に富んだところはベンチャー企業ならではと言えるかもしれない。 だが一花は薄々気づいてもいた。 やはり自分は受付には合わないということを。 事務作業はそつなくこなし何も困っていることはないのだが、問題は受付業務にある。 企業の顔とも言えるべき入口に座るため、それなりに気を遣って化粧もするし愛想笑いだってする。それが原因なのか、よく男性から声をかけられるのだ。 それはもしかしたら光栄なことなのかもしれない。 だが一花にとっては迷惑極まりないことだった。 男性に興味はない。 同僚は誘われると嬉しそうに尻尾を振ってついていくが、一花は全然嬉しくないし行きたくもない。いつもあっさり、時には冷たく断り、場を白けさせてしまう。 そんな一花についたあだ名が“鉄の女”である。 鉄壁なガードで男を寄せ付けない。 受付なのに笑顔が薄く冷たい。 まわりから好き勝手言われていることに気づいてはいたが、特に改善する気持ちはなかった。 自分はただここで働ければそれでいい。 そんな風に考えていたからだ。 ◇ その日は突然やってきた。 一花の異動が決まったのだ。 当然、受付として座っているのは相応しくないための異動で、愛想を振り撒かなくていい奥まった事務仕事に移るのだと思った。 だが受け取った辞令には“秘書課”と書いてあり、一花は目を丸くして驚いた。 この会社は一体自分に何をさせたいのか、まったくもって意味がわからなかった。
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