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母屋からの渡り廊下を、『たたったたっ』とリズミカルに走る小さな足音が聞こえる。
そろそろかな、と身構えると
「よいしょぉ」と踏ん張りながら障子をあけて、『ぽすっ』と俺のベットに布団にまたぐ。
「たっくんおきてください。がっこですよ」
「凜ちゃんおはよう。凜ちゃんのおかげで入学式、寝坊して遅刻しなくてよさそうだよ」
「たっくん、だいがくせいですね。すごいえらいってぱぱいってました」
「それはどうかな。わかんないけどありがとう」
4歳になる従姉の娘、凜ちゃんの頭をなでながら起こしてくれたお礼を伝える。
本当はもっと前に目が覚めてはいるんだけど、彼女の仕事を奪うのは申し訳ないし。
それに今日は俺の大学の入学式。
母家の方では叔母夫婦、従姉夫婦も何かしら準備をしてくれているだろう。
凜ちゃんを母家に戻してから準備にかかる。
第一志望ではない、所謂すべり止めなのだが都内私立の法学部の大学生になれたのだから、本意ではないのだが、まぁこれは致し方ない。
西の京の国立。
母の母校で俺のルーツがつかめると思い望み願書を送ったのだが、試験前乗りの当日、母の会社の人の連絡でアメリカにわたることになった。
出張中の母の乗った小型飛行機が墜落したと。。。。
母は国立大学の法学部を出て、そのまま関西の製薬メーカーの海外メーカーとの商談に当たる部署にいたらしい。
母が38歳の時、俺がおなかにできたことで東京に戻り、祖母が経営していた旅館に戻った。
旅館自体は母の妹の雅さん夫婦が継いでいたので、母は俺を出産後、都内にある商社に再就職し、世界各国飛び回っていた。
祖母も叔母も俺の父親のことは「同じ大学の先輩で同じ会社の人だったらしい」
くらいにしか聞いておらず、母もそのことを俺には何にも言ってくれなかった。
だから、
小さい頃から『パパはあっちにいる』と思って、いたんだよな・・・
『あっち』に行けば何かがわかる
そう思ってたのに
ねぇ、母さん。そんなに俺に『あっち』に行ってほしくなかったんですが。
旅館の裏手、俺の部屋がある離れの前には立派な日本庭園がある。
池には太鼓橋がかかっており、ビル街の中なのに離れの縁側からは青い空を見上げられる。
「ねぇ、母さん。」
「えぇっと、かあさん?」
「んー、なに?」
「それ、大丈夫ですか?」
太鼓橋の上で両脇に松葉杖を突いた母が、鯉めがけて餌を撒いている。
石でできた太鼓橋、滑りませんかね。
「なんとか大丈夫よぉ」
そうですか。
「入学式、ついてこないですよね?」
「行くに決まってんじゃん。君の父親も来るわよ。」
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