正直者と嘘つき

1/3
前へ
/4ページ
次へ

正直者と嘘つき

――嘘つきになりたい。 それは、皆から『馬鹿正直過ぎる』と言われている私――藍沢冬花(あいざわとうか)がずっと願っていることだ。 「はぁ……」 今日も高校で馬鹿正直にやってしまったのだ。 ――三限目。 キーンコーンカーンコーン。 ガラッ。 「ほら。席着けー」 チャイムの音とともに、教室に入ってきたクラスメイトたちが慌てて着席する。 あ、三限目は数学かぁ。 教科書出さないと。 ガサゴソ。 ん……? 教科書が、ない……? えっ……、どうしよう。 あの先生怒るとすごく怖いし、でも授業中席の周りを歩くから無ければ気付かれちゃうし……。 私は覚悟を決めた。 「あの……先生!」 「ん?なんだ藍沢」 「すみません。教科書忘れました」 「なんだと!お前やる気はあるのか!!」 「すみません……」 「はぁ。ったくこれだから最近の若者は……。成績が良ければいいってわけじゃないんだぞ!」 「……」 私が立ち尽くしていたそのとき、 「先生、授業始めないんですか?」 勇敢にもお怒り中の先生に話しかけたのは、私の後ろの席の有賀真琴(ありがまこと)だった。 「僕、教科書準備して待ってたんですけどぉ――」 「ん、あぁ有賀か。流石だな!じゃあ授業を始めるぞ」 機嫌が良くなった先生に解放された私は、自分の席に戻った。 すると、 「お前って本当馬鹿正直だよな」 有賀が話しかけてきた。 「だってあの先生授業中見回りにくるし」 「あいつは歩いてるだけで机の上なんか見てねーよ笑」 そう言う有賀の机の上には数学の教科書なんてなく、通っている塾の問題集が置かれていた。 ……え、何で数学の授業中に英語の問題解いてんの? という脳内ツッコミは置いておいて。 「じゃあ、教科書を準備して待ってたっていうのは」 「嘘に決まってんだろ笑笑。お前も嘘をつくことを覚えた方がいいぜ。便ってな」 ――私は、三限目のことを思い出して、またため息をついた。 便だと言って、不敵に笑った有賀の顔が頭から離れない。 この高校に入学してから、ずっと席替えもなく出席番号順で座っている。 だから有賀とはもう半年ほど前後同士なのだが、有賀はいつもまるで何にもない風に嘘をつく。 今日みたいに嘘をつくのを何度も見てきた。 私にはとてもじゃないけどそんな風に噓はつけない。 どうしても正直に話してしまうのだ。 その度に有賀に『馬鹿正直だ』と馬鹿にされてしまうのだが……。 有賀がどうしていとも簡単に嘘をつけるのかが理解出来ない。 ――それほどまでの私の心はというものを拒絶してしまうのだ。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加