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正直者と嘘つき
――嘘つきになりたい。
それは、皆から『馬鹿正直過ぎる』と言われている私――藍沢冬花がずっと願っていることだ。
「はぁ……」
今日も高校で馬鹿正直にやってしまったのだ。
――三限目。
キーンコーンカーンコーン。
ガラッ。
「ほら。席着けー」
チャイムの音とともに、教室に入ってきたクラスメイトたちが慌てて着席する。
あ、三限目は数学かぁ。
教科書出さないと。
ガサゴソ。
ん……?
教科書が、ない……?
えっ……、どうしよう。
あの先生怒るとすごく怖いし、でも授業中席の周りを歩くから無ければ気付かれちゃうし……。
私は覚悟を決めた。
「あの……先生!」
「ん?なんだ藍沢」
「すみません。教科書忘れました」
「なんだと!お前やる気はあるのか!!」
「すみません……」
「はぁ。ったくこれだから最近の若者は……。成績が良ければいいってわけじゃないんだぞ!」
「……」
私が立ち尽くしていたそのとき、
「先生、授業始めないんですか?」
勇敢にもお怒り中の先生に話しかけたのは、私の後ろの席の有賀真琴だった。
「僕、教科書準備して待ってたんですけどぉ――」
「ん、あぁ有賀か。流石だな!じゃあ授業を始めるぞ」
機嫌が良くなった先生に解放された私は、自分の席に戻った。
すると、
「お前って本当馬鹿正直だよな」
有賀が話しかけてきた。
「だってあの先生授業中見回りにくるし」
「あいつは歩いてるだけで机の上なんか見てねーよ笑」
そう言う有賀の机の上には数学の教科書なんてなく、通っている塾の問題集が置かれていた。
……え、何で数学の授業中に英語の問題解いてんの?
という脳内ツッコミは置いておいて。
「じゃあ、教科書を準備して待ってたっていうのは」
「嘘に決まってんだろ笑笑。お前も嘘をつくことを覚えた方がいいぜ。噓も方便ってな」
――私は、三限目のことを思い出して、またため息をついた。
噓も方便だと言って、不敵に笑った有賀の顔が頭から離れない。
この高校に入学してから、ずっと席替えもなく出席番号順で座っている。
だから有賀とはもう半年ほど前後同士なのだが、有賀はいつもまるで何にもない風に嘘をつく。
今日みたいに嘘をつくのを何度も見てきた。
私にはとてもじゃないけどそんな風に噓はつけない。
どうしても正直に話してしまうのだ。
その度に有賀に『馬鹿正直だ』と馬鹿にされてしまうのだが……。
有賀がどうしていとも簡単に嘘をつけるのかが理解出来ない。
――それほどまでの私の心は嘘というものを拒絶してしまうのだ。
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