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《ああ、僕、もういかなくちゃ》
体の節々が痛むようになった。もう、ご主人様の姿も朧気にしか見えない。
初めて魔女やカラスさんに出会った日から、もう何年も経った。
これが順番だ。きっと魔女のご主人様にだってやってくる。
だから僕、怖くないんだ。
だって僕は、魔女に仕える立派な黒猫だから。だって僕は、ご主人様の自慢の使い魔になれたのだから。
《ご主人様、プレゼントあげる》
床にたれた自慢のヒゲを、前足で抜いた。
カラスさんが長いお散歩に出た日のように。僕からもまた、魔女に恩返しをしよう。
「にぁ」
ご主人様、と小さく歌う。
差しだした黒い手に、自慢の白いヒゲをつまんで。
「おヒゲ、くれるの……?」
「にぅ」
そうだよ、だから屈んで。
ご主人様が僕をのぞき込む。
その涙が伝う頬を、しゅるりと尻尾で撫でた。
《今までありがとう、ご主人様》
一匹の使い魔から、恩人へ。
これが僕の最後の魔法。大成功だ。
だんだんと眠くなっていく。
瞼が重い。心地よい浮遊感。ご主人様の姿は、もう見えない。
けれど、わかるんだ。ご主人様の暖かい手が、僕の体に添えられていること。涙をこぼしながら、僕を呼んでいることを。
《ねぇ、ご主人様》
僕が生まれ変わったら、一番にご主人様に鳴いてみせるよ。
だからその時はまた、ご主人様の自慢の黒猫になれますように。
《──また、笑ってね》
眠りにつくその瞬間。
ちょっと頑張って片目を開いてみる。
目があったその人は、悲しそうに。けれど──微笑んでいた。
──ただの人間と、それに寄り添った黒猫の話。
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