大好きな魔女へ

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大好きな魔女へ

 魔女にひろわれた日を、今でも思い出す。  入道雲がおよぐ空は、セミ時雨の潮騒に満ちていた。海はいったこともなかったけれど、空を飛ぶトリさんのお歌に聞いたことがある。  広くて、青くて。にんげんが飲むサイダーみたいにシュワシュワとはじける、空。  ちいさな手を伸ばしても、絶対につかめない空。  あの空をつかめたら、あの空を飛べたら。  きっと僕は高いところから色んなものを見て、お母さんのところにだって、ひとっ飛びできるのに。 《もう、さびしくてつらくて、たえられないよ……》  声はかすれて、目の前はゆれていた。  僕はもう限界に近かった。 「あなた、うちに来る?」  三日も飲まず食わず。  お母さんともはぐれて、焼けるようにあついアスファルトの上にひとりぼっち。  うまれた意味もなく消えていく僕に、彼女は手をさしのべた。  白く細い、キレイな指。  陶器のようにたおやかで優しいその手の温もりを、僕は死んでも忘れない。  僕はその日、一人の魔女とであった。
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