憧憬のエンゲルイェーガー

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 銃を初めて手にしたのは八歳の時だった。その銃は軍から払い下げられたマスケット銃で、父から譲り渡されたものだった。それは、どう考えても小さな私の手に余る得物だった。  八歳の私は高揚していた。いや、高揚というよりもそれは全能感に近かったかもしれない。これでようやく自分は力を得た! これでなりたい存在になることができる!  そう、父さんのように!  そのような感慨は、幼さゆえはっきりと言葉によって表現することはできなかったが、あの高揚感こそが私の原点であるのは間違いない。  だが、そのように浮ついた気持ちでいる私に対し、青い鳥の羽根飾りのついた帽子を被った父は、厳かな面持ちをしつつ言った。 「マックス、俺たちが暮らす森に獲物はいない。いるのは敵だ。一方的に狩られる存在などおらず、一方的に狩る存在もいないのが森という場所なのだ。これから毎日銃の修行に励め。そして、心を鍛えろ。敵に殺されないように、なにより、森に呑まれないように」  窘めるような父の言葉に、我に返った私は素直に頷いた。それでも、私がはじめに考えたのは、銃の修行でも心を鍛えることでもなく、父のことだった。私が六歳の頃、巨大イノシシが森と村を荒らし何人も人を殺したことがあった。そのイノシシを仕留めたのは、父だった。父は村の人々から英雄として讃えられた。  私も父のように立派な猟師になりたい。この仕事を始めた理由は、このように何ら変わったところのない、平凡なものだった。とはいえ、その平凡さこそが私を猟師にしてくれたのだと思っている。命を奪うことの意味について考えてしまったら、私はきっと猟師になれなかっただろう。  銃を手にしたその日から修行に励むことになった。毎朝銃を担いで父と共に森に入り、日が暮れるまで歩き続けて、父の狩猟を隣で見て学んだ。罠の仕掛け方から、殺した獲物を手早く解体する技術に至るまで、狩猟に関するすべてを学んだ。  日が沈む頃には父と共に村に帰るか、あるいは森の中で野営をした。夕食後は一日を振り返るための時間に充てられた。やがて眠る時間が来ると、父は私を抱き寄せて、二人で安らかな寝息を立てた。  私は、父と共に森で過ごす夜が好きだった。森は、父が言うように、敵が充満する戦場だったが、それと同時に、私の童心を刺激する格好の遊び場でもあった。父の温もりを感じつつ、フクロウの鳴き声をまどろみの中で楽しみ、夜の闇の中で自分の呼吸を暗い森の息吹に溶け込ませていく。それは同世代の子どもたちがするありとあらゆる遊びの中で、最も面白いものであると、私は幼心に感じていた。  下積みは四年続いた。初めて獲物を仕留めたのは十二歳の時だった。イノシシの仔を撃ち、とどめとしてその喉を切り裂いた時、初めて私は命を奪うことの意味について理解した。  その後、私は順調に猟師として成長していった。十七歳の頃には、もう父と一緒ではなくとも、一人で森に入り一人で獲物を仕留めることができるようになっていた。私は一歩一歩着実に、幼い頃に憧れた父の姿に近づいている自分自身に満足していた。
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