Cotton Candy

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 702号室の重たいドアを開けると、あの日と全く同じ部屋が私を出迎えてくれた。黄色とピンクの壁紙の時点でかなり安っぽいのに、無理矢理上品に仕上げようとゆがめられた、どこかチープな部屋。それでもあの日はもっと素敵に見えた。夢の国に来たみたいに、ほの暗いときめきに満ちて。彼はこの部屋で、一晩中隣にいてくれて、時折愛の言葉を囁いてくれて、そして抱いてくれた。自分本位で、上手な人ではなかったけれど、嬉しかった。私にとっては上手いとか下手じゃなかった。私は彼が好きだったから、彼とするのが好きだったんだ。  つるつるしたなんちゃって大理石の床を裸足で歩き、私は風呂場へ向かった。1人で入るには贅沢すぎる大きな浴槽に湯を張る。大きな蛇口から太い水の柱が落ちていく。硬いプラスチックの浴槽の底に当たって弾けて、また水に戻るのをしばらくぼんやりと眺めていた。それからのろのろと鞄の中から個包装された使い捨てのメスを取り出す。前の勤務先の病院から持ち出したものだった。使い捨てといえど医療用のこの刃物なら、私の頼りない骨と肉を裂き、血管までたどり着くことも容易だろう。水が満ちる音を聞きながら、私はベッドのある部屋へと戻った。キングサイズのベッドに沈み込み、目を閉じる。  私は今日でこの世を去る。ちっぽけで短い、挙げ句につまらない人生だったけれど、最後に自分の人生を大切に振り返ってから死にたかった。発展途上国のゴミの山のような記憶にそっと手を入れてかけがえのない思い出を探すけれど、探れど探れど思い浮かぶのは雑念のような記憶のかけらばかりだ。前の職場の上司、元彼・・・苛立ちと虚無感と、少しの罪悪感に胸がざわつく。ああ、嫌だ。
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