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そのとき、部屋のチャイムが鳴った。驚いて反射的にメスを手首から離す。少し切れて血が出ていたが、たいした傷にはなっていなかった。それよりなんだろう。ルームサービス?頼んでないはずなのに。混乱して呆然としていると、もう一度チャイムが鳴った。私は立ち上がり、慌てて玄関へと向かう。それから恐る恐る部屋の扉を開けた。
そこには、ひとりの男性が立っていた。年齢不詳だが、若すぎず年上過ぎずで、何歳にも見えた。奇抜な柄のカーディガンに負けない整った顔立ちで、私ににっこりと笑いかける。
キラースマイル、ってこれのことだ。
突然現れた色白で優美な雰囲気の男性に、私は圧倒されて立ち尽くした。
「ボンボン宮殿からきました、レイアです。今日はご指名ありがとう」
ぱちくりと瞬きをする私に、彼も異変に気がついて笑顔を引っ込めて首を傾げた。
「えっ、ここ702号室・・・ですよね」
「あの・・・部屋間違えていませんか」
「うそ」
彼は困ったように笑うと、ごめんね、と呟いた。トートバッグの中から黒一色のスマートフォンを取り出し、どこかに電話をかけ始める。私はその様子をドアを開けながらまじまじと見つめた。背はそんなに高くないけれど、すらっとしていて足の長い男の人だった。黒髪はさらさらで、肌も服装も清潔感がある。街にいたらちょっと目を惹くイケメンだった。
そのとき、彼の後ろを通ったカップルが興味深そうに部屋の中を覗き込もうとした。ラブホテルの部屋のドアが開いてることはほとんどない。これでは注目の的になってしまう。私は電話あの応答待ちをする彼を、玄関の中に引き入れた。彼の後ろでドアが閉まる。彼はまたにっこり笑って、口の動きだけで私にありがとう、と言った。
「もしもし、レイアですけど・・・は?キャンセル?早く言ってよ、もう部屋来ちゃったじゃん・・・恥ずかしいなあ」
彼は少し怒ったような素振りを見せながらも最後は笑って電話を切った。この状況を恥ずかしい、だけで笑って片付けられるのはすごい。彼は電話を切ると、私にもう一度困ったような笑みを向けた。
「すみません、こちらの不手際で部屋を間違えてしまったようです。ドアを開けてもらいたいので、フロントの電話、貸してもらってもよろしいですか」
彼は玄関に立ったまま、頭を下げてそう言った。ここで待っていますので、という彼に私は頷いて、ベッドサイドに合ったはずのフロント直通電話に向かう。
あいにく電話は固定電話だった。コードは短く、玄関までは持って動けそうにない。悩んだが、彼に1度部屋に入ってもらうことにした。彼が暴漢である可能性を考えないこともなかったが、律儀に部屋の外で待っている彼なら、信用してもいいような気がしたのだ。
彼は先ほどと同じ姿勢のまま、玄関先でじっと立っていた。電話が外れないから中へ、と声をかけると少し驚いたように目を見開いたが、すぐにすみません、と謝って靴を脱いだ。ピカピカに磨き上げられたカジュアルな革靴を土間の端にそろえて脱ぎ、そっと部屋に上がる。
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