第7話 幻のレシピ2 高原のレストラン

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第7話 幻のレシピ2 高原のレストラン

明け方、谷の隙間から見えた空には、満天の星が輝いていた。今日もキツイんだろうなと思いながら身支度をしていると、 「あなたが居なくなると、さすがに寒いわね。」と言って、レイカは寝袋の中で着替えを始めていた。俺は行火(あんか)替わりかと思いながらも、携帯食で朝食を準備していた。  やっと明るく成り始めた頃から歩き出し、途中食材とやらの岩コケだか、岩きのこだかを採取すると、作業用の長いトンネルを抜け、山岳列車の通る線路に出た。近くの作業用の駅の様な所で列車を待ち乗り込んだ。 「随分と便宜を図ってくれるんだな。こんな場所から乗る乗客なんて滅多に居無いだろうが?」 「それはそうよ、この辺の山はうちの物だし、この施設もグループが作った物よ。」そんな麗佳の言葉を残し、山岳列車はトンネルの中を走り、やがて大きな谷間状の高原に出た。 標高2500mにあるそのホテルは、けっこうな賑わいを見せていた。一般観光客に混じり、登山客もいて、麗佳や僕の出で立ちに何の違和感もない様子だった。 それでも、レストランに入るには其れなりのドレスコードが有るようなので、部屋で着替えてからレストランへ向かった。 「今晩は、まともな所で眠れそうだ。」独り言の様に言った僕の言葉に 「あそこだって、三ツ星クラスよ。」 「谷中に響き渡る、善がり声を上げていた居た場所だからな、良い場所なんだろうな。」 「あれは、久しぶりだったし・・・それにクライマーズハイの効果よ。」と麗佳が強がりを言いながら、ドレスの背中のチャックを上げろと言う仕草をした。 レストランでは、予め紹介されていたのか、指定の席が手配され、一般客とは異なるブースに案内された。テーブルの上のオーナメントは烏丸グループの桔梗の絵柄が着いた物で、都内の物とは色が違っていた。簡易的なコース料理ではあったが、オードブルの後にその料理は出てきた。 「ラベンダーの身を燻製にしてから、取り出したオイルにクロッカスジュールビュースを加え加熱した物をベースに香りづけし、子牛の右足の骨髄からエキスを取り出したスープをこし、これに季節の野菜を加えた物です。」とシェフが何時もより詳しく説明してくれている様だった。その説明に対して、麗佳が 「クロッカスジュールビュースて何?」質問すると 「本来は、中米でとれるクロッカスの花の様な低花木の根から抽出されたエキスを用いるのですが、昨今、入手が出来なくなり、アスパラガスの芽の抽出物に手を加えて代替品を作っております。」とシェフは説明したが、僕は、予めレシピを見せて貰っていたので、その組成を化学的に構造解析していた。 「その手を加えるって、硫黄を含む野菜、さすがにニンニクは強すぎるから、ネギ類かな、を加えてない?」と僕が言うと、シェフが驚いた様子で 「本日、ご提供頂いた、岩ゴケでございます。あの谷に自生する岩ゴケは、岩盤中の硫黄成分を取り込んでおりますので、お味の方は如何でしょうか?」 「僕は、初めて食べたけど、とても美味しい。麗佳は?」 「ふーむ、先代のシェフの味とそん色無いと思うぞ。」と言ったので、やっとシェフが安心した様な笑顔を見せた。シェフが去ってから、僕は、麗佳に向かって 「お前たちは、エスパーでも作るつもりか?」 「ほほー、何か気づいたか。」 「このレシピでできる料理は、オキシトシン前駆体が豊富に含まれている。オキシトシンは幸福物質と若返り効果とか言われているが、前駆体は間脳の一部に作用して、脳の目覚めていない能力を引き出す効果があるはずだ。俺が、ある組織に拉致られてさんざ研究させられた高分子物質だ。結局数理解析でも合成が出来なかったが。」 「でもね、その前駆体とやらには、とんでもない副作用があるのよ。」そう麗佳が言っていたが、何のことか分からないまま、最後のデザートを食べ終わり部屋に戻った。 「結局、あの物質は作れず終いか?」僕が麗佳に聞くと 「作れない処か、これから数十年手に入らないわ。世界の金持ちがみんな買い占めてしまったから。本当はあなたにも使って貰いたかったのだけど、でも似たような物を・・・」 「それが、あのレシピか?」 「そうね、でも効果を発動させるには、コツが居るのよ。男性のあそこを元気にする薬みたいにね。それに、あのレシピが効果があるかどうか分からないし。」 「おれは、モルモットか。」 「別に毒を盛った訳じゃないから安心して。ツベルクリン注射みたいに、一寸毒性の低い菌を入れると赤く反応するでしょう。そして、これがその注射よ。」そう言いながら、麗佳はディープなキスをしてきた。 「うむーむ、何だこの感覚は!お前何をした。」 「何もしてないわ。キスしただけ、私のキスつまりホストの唾液がトリガーになるのよ。」そう言いながら、再びキスをした時に僕は意識を無くしていた。幻覚作用を起こす様な物だったのか、夢とも幻とも付かぬ中に、二匹の巨大な蛇が絡み合いながら此方を見ていた。無数の星々、多分昨夜見た、あの谷間から見た夜空に似ていたが、その星々の中を僕は歩いていた。其処には、見えないが、確固とした道があるのが分かった。 「これは、時の流れか?」自分に問いかけながら、見えない道を進むと、やがて一人の女にたどり着いた。背中を見せている女を振り向かそうと手を掛けた瞬間、目が覚めて、目の前に麗佳がいた。 「やっと目が覚めた。三日間も寝てたのよ。」と言われて、自分の体に、点滴のチューブが繋がっている事がわかった。 「退屈だったからこの辺の山を皆登って来たわ。」との麗佳の存在が現実の物なのか分からずに、躊躇していると 「点滴だけでは、体力が回復しないから、まずわ流動食ね。」と言いながら、レトルトパックの様な食材を準備し、僕にほぼ強制的に食わせた。 「何を見た?」 「巨大な二匹の蛇、それが絡まり合って、こっちを見ていた。」 「蛇だけ?」 「全部は思い出せないが、星の中を歩いていた。そしたら、女の背中が見えた。その女の背中に手を掛けようとした時に目が覚めたようだ。」 「時の回廊の途中の様ね。まだ効果が薄いかな。まあー仕方ないか、オリジナルじゃないからね。」 「体や気持ちに、何か変化、違和感は無い?」 「違和感?虚脱感ならあるが・・・」 「オリジナルの化学物質が体内に入ると、普通の人間なら、女は若返るわ、代謝や免疫機構が活性化するから、でも妊娠しなくなる。男は、闘争心が無くなり穏やかな気持ち、まるで悟りでも開いた様な感覚かな、そして、色々な奉仕をしたくなるのよ。」 「奉仕?慈善事業とか、寄付とかか?」 「そうね、それは個人に寄って違うけど、自分の奉仕欲が満足される方法で実施される。」 「なんで、女は妊娠しないんだ。」 「それは、妊娠する必要が無いと認識されるから。食欲も性欲も個体なり種を維持する為の行為で本能だから、満たされてしまえば、必要が無くなるから。」 「満たされる?」 「本能が、夫々少しずつ違うけど、満たされるのよ、ただ全てに共通してる部分の本能が性欲と支配欲、この二つに対しては必ず作用をする、その結果、女は妊娠しない、その時点で生理機能が止まるの。男は、さっきの事例の様にね、支配欲の形態は様々だから、色々なケースが有るみたいね。」 「あの物質が、間脳に作用した為か?」 「恐らくそうね。」 「間脳の神経伝達物質でも阻害するのか?」 「物質レベルの問題では済まないみたいね。」 「ふむ?」 「情報のリンクが切れるか、あるいは書き換えられる。量子生物学の世界ね。DNAは単なる蛋白合成の情報以外にその設計図によって作られた蛋白がどの蛋白と作用して酵素や細胞組織に成っていくかの量子情報を持っているのよ。あなたが見た二匹の蛇は、DNAの象徴よ。」 「それで俺は此れから如何なるんだ。」 「作用が弱いから、暫くは様子を見ないと分からないわね。その個体に寄って様々ね。私の兄みたいに、量子コンピューターと直接リンクを取れる様なタイプもあるし、直近の未来が見える様な事例もあるわ。何方にしても、今までには知覚できなかった事象を知覚する能力が発現してくるのよ。」 「預言者か?」 「過去の預言者達には、そう言う人がいたかも知れないわね」と言って麗佳は僕の点滴を外しながら、 「そろそろ体を動かさないと!」と言って僕をベットからお越すと、ストレッチをし始めていた。
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