第一話

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第一話

 んー、寝返りを打った、あれ?あれ?どこ行った?  手だけが、広いベッドを叩いている。  目を開けた、隣にいるはずの彼女がいない。 「ん?今日は何日、何曜日だ?」  張り込みが続いた。  帰ってきた日、店先にいた彼女に声を掛けた。  彼女は俺を浮浪者だと思い、思い切り水をぶっかけやがった。  そのまま帰ってきた。  ごめんを繰り返す彼女。ふくれっ面のまま黙って風呂へと入った。 体を洗い、何週間ぶりかで髭を剃った。そして寝た。何かを言っていたけど、もう聞く余裕さえなくて。 寝た。  確か、散髪してくれるって言ってたようなー・・・。  夢なのか起きているのかわからない、なんかいい匂いに誘われるようにシーツに顔をこすりつけた。  眠い、もう一回寝た。  ガッシャーン、ドターン。  ものすごい音に寝室から飛び出た。 「何やってんの?」  イッターイと言いながら膝小僧を擦っている。 「もう、ぬいだものそのまんまにしないでよー、滑って転んだの―、いやーもう」  ワイシャツに足をとられ転んでいた。 「ごめん」  もう起きて、外で散髪するからベランダに出ろと言われた。 「見て、また来てる」 「俺の事親だと思っているのかね」  翁長が雀に交じって電線に並んでこっちを見ている。 「いいじゃない、子だくさんで、さて、短くするわよ」 「バッサリやってくれ」  夏の日差しを避けるようにすだれが片方にかけられたベランダに置かれた風呂用の低い椅子に座った。  午前中の涼しい風がどこかの風鈴を鳴らしている。  家庭用のバリカンがビーンと唸り始め、首元を刈っていく。  俺達は結婚した、籍を入れただけだけど親にもちゃんと紹介した。  一月の中旬、寒い時に北海道へと連れて行った。行も帰りも飛行機が飛んでよかった、吹雪いたらそれだけで予定が狂うし、まあ、冬に北海道に帰るのは考えもんだけど千晶も大喜びだったしうちの両親の喜びようも半端なかった。妹たちからはさんざん言われたがふられないように大事にしなよと言ってくれたから良しとしよう。  式は、これからの予定だ、安月給で貯金もない俺に彼女は、会社の慰安旅行を兼ね、今実家へと帰る旅行プランを考えてくれている。  年寄りもいるが行く気満々、三人ともまだまだ元気だ。 「いかがでしょ?」  合わせ鏡で見せてくれたが素人なのに上手いじゃん、さすが、老人ホームなんかで手伝っているって言うだけある。 「へ―上手いもんだな、これからもお願いします」 「じゃあ二千円ね」 「高い、安い所だとひげ剃って、千五百円だぞ」 「えー、じゃあ千円」 「よし」  大きな缶の貯金箱に金を入れた。  夢は、家の改築費用.  古い大きな家は、あちこち直さないといけない年代に入った。ばあちゃんはまだいいと言っているから、俺達が入ったら、風呂や、流しを直すんだと意気込んでいる。  あと何年後かね。 「それでも、八十よ、十年生きるかどうか」  お前自分のばあちゃんによくそんなこと言えるな? 「だからよ」  けたけたと笑う。  風呂に入って頭を洗ってひげをそれと言われた。あごの下そり残しがあるのと、揉み髭をきれいにしろと言われた。老け顔なんだから身だしなみだけでもちゃんとしてくれという。  初めて会った日、ものすごい頭に毛むくじゃらの顔、それが風呂に入ってさっぱりして出てきたとき、別人だと思ったという。 「俺、このほうがイケメン?」  はいはいと流された。  フンだ。  昼前には仕事に行くという、お昼は、ばあちゃんちに行ってくれと言われた。 「ちーあーきちゃん」 「何?」  チュウ~!  もうと言いながらもしてくれる、かわいい嫁さんなのであります。 「いってきます」 「いってらっしゃい」  手を振ってでて行く後姿を見ていた、挨拶をしているそこには隣の奥さん。 「いいですね、お若い奥さんで」 「ハア」頭をかいた。
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