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恋は順調
部屋に入ってくるなり颯一郎さんは「いい匂いだね」と鼻をひくつかせた。
私の横に立って「ひよこ豆?」と訊く。
颯一郎さんは優しいから『またカレー? それもひよこ豆』なんて絶対に言わない。
「北海道どうだった?」
そう訊く私を後ろから抱きしめ、私の匂いを嗅ぐように深く息を吸い込む。
今はカレーの匂いしかしないだろうに。
「百合子がいないからつまらなかった」
「つまらなかったって仕事でしょう」
「百合子の好きな白い恋人買ってきた」
私は体を捻って颯一郎さんの方を見た。
「並んだでしょう? それに高かったでしょうに」
昔から北海道土産で人気の『白い恋人』だが、完全放牧飼いの自然妊娠、子育てをする母牛から取れる生乳はごくわずかで、肉と同じく目玉が飛び出るほど高かった。
とうの昔に学校給食から牛乳は消え、スーパーでも牛乳は全て豆乳や植物性ミルクに取って変わられた。
日本で牛乳を作っているのは北海道のごく一部の酪農家だけで、それをふんだんに使った白い恋人は、幻の銘菓と呼ばれるようになっていた。
「あら、包み紙がトレスチック製なんて懐かしい」
「だろ、ちょっとレトロな感じで」
「でも颯一郎さん、もうこれで最後にしてね。私はこういうもの食べなくても全然平気だから」
颯一郎さんの顔にふと影が差したので、すぐに「でも嬉しいありがとう」と言うと、颯一郎さんは満足そうな顔をした。
颯一郎さんは私より10も上なのに時々子どもっぽいところがある。
颯一郎さんは本当に私のことを大事にしてくれる。
でもそう遠くない日に私の王子様、流君が私を迎えに来てくれるだろうから、今からなんだか申し訳ない気持ちになる。
ロウソクの灯りで颯一郎さんと私はひよこ豆のカレーを食べた。
毎週金曜日はレスエネルギーフライデーと言って、なるべく電気を使わないようにしている。
数年前から欧米を中心に始まり、その波は今では日本でも浸透しつつある。
各家庭でどうやって節電するかは自由だが、私と颯一郎さんは照明を使わずにロウソクの灯りだけで過ごすことにしている。
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