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「まだ帰らないで」
イヴがしおらしい声を出した。
さっきまでイヴが僕を掌の上で転がしていたのに、急に立場が逆転したようになる。
「颯一郎さんは今日は仕事で遅くなるって言うから、うちで夕飯を食べて行って」
イヴは僕の返事も待たずキッチンへ行こうとして振り向く。
「おうちの人に連絡しておいた方がいい?」
チッと僕は心の中で舌打ちした。
てんで子ども扱いだ。
包丁を持つイヴの手つきは恐ろしく危なっかしかった。
途中から見ていられなくなって僕が代わったくらいだ。
僕もこの時は作れる料理と言ったら野菜炒めくらいだったが、イヴよりマシだった。
カレールーの箱の裏に書かれている手順をイヴが読みながら僕が手を動かす。
旦那さんは普段どんなものを食べさせられているのだろうかと、また少し旦那さんに同情した。
イヴと2人で行う共同作業は楽しかった。
イヴはカレーにひよこ豆を入れた。
ひよこ豆と言う名前が可愛くて好きなのだとイヴは言ったが、その後に「みんなが幸せになるカレーなの」と付け加えた。
「どう言う意味?」と訊くと、
「私も奥山君も、牛さんも豚さんも鶏さんも幸せになるカレーよ」
ああ、と、僕はうなずいた。
イヴの言わんとしたことが分かったからだ。
また1つイヴを好きになった。
「そうだね、みんなが幸せになるカレーだ」
コロコロとした丸いひよこ豆の入ったカレーから幸せな匂いが立ちのぼる。
「そろそろ出来上がりね」
僕の横でカレーの入った鍋を覗き込むイヴがふと顔を上げた。
「颯一郎さんが帰ってきた」
僕には何も聞こえなかったがイヴには何かが聞こえたようだ。
「奥山君帰って」
「え?」
イヴはソファーに投げ出された僕の鞄を拾うと庭に面したリビングの窓を開けた。
「ここから出て、さぁ早く。颯一郎さんに見つかっちゃう」
イヴは僕に鞄を持たせ、窓から僕を外に押しやった。
背中でピシャリと窓が閉められカーテンが引かれる。
シャツの袖が窓に挟まっていた。
そっとシャツを引っ張る。
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