バラの門に立つあなた

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なんて雑な扱いだ。 それに靴はどうするんだ。 「いい匂いだね、今晩はカレー?」 家の中から旦那さんの声が聞こえた。 忍び足で窓から離れる。 これじゃまるで間男だ。 でも間男ってイヴにあんなことやこんなことのいやらしいことができるけど――僕だってもうそれくらいは知っている――僕はイヴに指1本触れてないのに、こんな扱いを受けるのはどうかと思う。 それでも、僕の顔は自然に緩む。 バラの門を出ると夏の太陽が道の向こうに沈もうとしているところだった。 イヴは僕のことを旦那さんに秘密にしてる。 白馬の王子と同等の扱いを受けているからか、イヴと秘密を共有することにか――きっとその両方だ――くすぐったいような悦びが体の奥から湧き上がってきた。 靴下だけの足も気にならない。 道に誰もいないのをいいことに、両手を広げ小さい頃によくした飛行機の真似をしながら走る。 太陽に向かって叫んでみた。 「ヒャッホー」 生まれて初めてそんな声を発した。 それくらい嬉しかった。 イヴが僕のことを旦那さんに秘密にしている。 ただそれだけのことが、こんなにも僕の気持ちを高揚させる。 初めての経験だった。 その日、僕はあなたと一緒にプールにいる夢を見た。 あなたは泳げないと言っていたのに、僕よりも泳ぎが上手でまるで人魚みたいだった。 イヴ、あなたは僕にいろんな初めてをくれた。 今の僕はあなたがくれたその初めての欠片の集合体なんだ。 僕はあなたに何か1つでも初めてを与えられただろうか。 次の朝、いつものようにバラの門に立っているイヴの手には僕の靴が握られていた。 それから僕はいつでもリビングの窓から出入りするようになった。 「ねえ奥山君はいつ私に泳ぎを教えてくれるの?」 「いつでも」 そう言いながらも、僕とあなたの水泳教室はなかなか実現しなかった。 平日僕は学校だし、土日は旦那さんがいるからイヴは僕と過ごせない。 「颯一郎さんが出張でいない時がいいかも」 「それっていつ?」 「まだ分からないの」 「そっか」 「でも絶対いつかちゃんと教えてね」 「分かったよ」 僕はイヴの前では少しでも大人に見せたくて、いつも冷静さを装うようにしていたけど、イヴとプールに一緒に行くことを考えると胸が躍ったし、なかなか日にちが決まらないと本当にがっかりした。 「いつかちゃんと私に泳ぎ方を教えてね」 帰り際いつもイヴは僕にそう言った。 それはまるで帰りの挨拶のようになっていた。
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