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防音室のドアといっても特に分厚いわけでもなく普通の木製のドアなのだが、中の音が外に聞こえないというだけで、密室感が一気に増す。
ああ、このドアが壊れてしまえばいいのに。
そうしたら1時間だけじゃなくもっと長い時間流君と一緒にいられる。一晩をここで2人で過ごしちゃったりして。
それでもって、冷房も壊れて効きすぎで、流君が『百合子さん寒いでしょう』って私に着ているシャツを肩にかけてくれて、その上から抱きしめてくれるの。
夜は照明も壊れてて、キャンドルの灯りで過ごすの。
こんなにもいろんなものが壊れるには大地震があったという設定がいいかも知れない。
大地震に来て欲しいなんて不謹慎だろうか。
それだったらこの建物だけ電気機能が壊れるとか。
「百合子さん?」
「あ、はっ、はい」
ダメダメ、今はせっかく流君といるのだから目の前の流君に集中しなくっちゃ。
妄想は1人の時にいつだってできる。
「課題曲ですけど、毎回百合子さんが好きな曲をやってもいいですし、僕がいくつか提案してその中から百合子さんがやってみたい曲を選んでもいいですけど、どっちにしますか?」
「えっと、その両方がいいです」
流君は一瞬目を丸くしたがすぐに微笑んだ。
「それじゃその時その時の状況に合わせてってことで。ひとまず今日はどうしましょう。前回と同じ曲でもいいですし、新しい曲があるならそれで」
前回の古臭い曲は嫌だ。
私と流君の歳の差を強調するみたいで居心地が悪い。
「新しい曲がいいです。私は今日は準備がないので流君が提案してくれる曲があるのだったらそれがいいです」
流君はすでに曲をいくつか用意してきていた。
テーブルに広げられた楽譜は全部で5曲あった。
その2つが前回私が歌った歌手と同じ時代の曲で、他の2つが今流行っている曲、残りの1曲はそのどちらでもない、でもよく聞いたことのある曲だった。
タイトルは『miss you』
日本語を英語のように発音する男性歌手の代表曲で、曲調はゆっくりとしたバラードだ。
歌詞にこそはっきり書かれてないが、不倫の歌であると噂されていた。
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