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なぜなら『僕だけの君じゃないのに』とか『正しくなくてもいい』とか、それを匂わせるような歌詞がふんだんに入っているのだ。
なぜ流君はこの曲を選んだの?
他の4曲は分かるが、この曲だけ浮いている。
もしかして、もしかして、もしかして。
これは私へのメッセージ?
「これにします」
私が『miss you』の楽譜を自分の方にたぐり寄せると、一瞬流君の周りの空気がピリッと緊張したように感じた。
「男性の曲なので少し歌いにくいかと思いますが、キーは女性が歌いやすいように変えておきましたので」
流君は水を一口飲む。
心なしか流君の指先と声が震えているように感じる。
流君のこの様子はおかしい。
絶対におかしい。
自分の想いを込めたこの曲を他の曲の間に忍ばせる。
それが流君にでききる精一杯の告白なのかも知れない。
本来はそれは私に気づかれることなく、日の目を見ずに終わるはずだった。
誰にも気づかれず、日陰に咲く一輪の花のように。
それに私がいきなりスポットライトを当てたものだから、流君は慌てふためいているのかも知れない。
「あの、よく知っている曲ではあるんですけど、ちゃんと思い出すために1度お手本で歌ってもらってもいいですか?」
自分の大胆さに自分で驚く。流君をこれ以上追いつめるようなことをするなんて。
「いいですよ」
予想に反して流君はさらりとそう答えるとウクレレを手に取った。
追いつめられた小動物が開き直ると言うやつか?
流君は楽譜も見ずに歌い出した。
僕だけの君じゃないのに
僕の世界は君でいっぱい
君が待っているのは僕じゃないのに
僕は君を迎えに行く
みんなそんなの間違ってるって言う
間違っててもいい 正しくなくてもいい
I miss you
この気持ち
これは嘘じゃない
流君の歌声はほんわかとした高音で、人の心に突きつけると言うより、人の心をそっと包み込むような歌い方だった。
少し背中を丸め小さなウクレレを弾く流君の姿が、とても寂しげに見えた。
実らない片想い、それも不倫の歌を歌う流君を思いっきり抱きしめたくなった。
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