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終 章
今日は二十一日、弘法大師の日だ。
七月は弘法通り商店街とサボテン商店街も合同で夏祭りが開催される。
商店街のどの店も老若男女問わずお客様でいっぱいだ。
中央公園では近所の保育園児が保護者とご近所さんへお遊戯のお披露目をやっていた。
街路灯に赤い提灯と風鈴を飾って目や耳でもお祭り気分を盛り立ている。
「これでよし、可愛い娘の出来上がりよ」
少し歪んでいた浴衣の帯を加奈が直し、満足そうに笑う。
――夏祭りといえば、もちろん浴衣だ。
「ねぇねぇ、変じゃない?」
「大丈夫。可愛いわよ」
藍色に赤い撫子柄の浴衣、赤い帯は花文庫。
いつもは肩で揺れる髪を今日はアップにしている。
癖がなく纏まらない髪を加奈が頑張って結い上げてくれたのだ。
(まるで自分じゃないみたい)
耳元で浴衣とおそろいの撫子のかんざしが揺れる。
いつもと違って面映ゆい。
「彩芽、いつまで鏡を見てニヤついてんだ?」
「かわいい?」
袖を広げて、とびっきりの笑顔でポーズを決めて見せる。
サービスしたのにカウンターの向こうの海坊主は「馬子にも衣装」と笑う。
――ひどい。
「どういう意味よ?」
凄んで見せるが蛙の面に水。
今日はヴェルデも特別営業だ。
アイスカフェラテと三種類のスティックチーズケーキを売り出す予定である。店内は早速お客で賑わって忙しそうだ。
彼氏とデートだと思っているに違いない雅彦は朝から仏頂面だ。
――接客サービスでその顔はマズいでしょう。
取るに足らない攻防戦に終止符を打ったのは加奈だ。
「梨央ちゃんを駅に迎えに行くんでしょ?」
「いってらっしゃい」と加奈にさわやかな笑顔で送り出された。
早い話、さっさと行けと追い出された訳である。
今日のために買ったおろしたての白いカゴバックを手に駅へと急ぐ。
足元でからころと下駄が涼やかに鳴る。
商店街のショーウインドウに映る自分がいつもと違ってくすぐったい。
駅前で不安そうな顔の梨央を見つけた。
白地に黄色い大きな向日葵柄の浴衣に赤い帯、髪をアップにしてかんざしでまとめている。
彩芽より梨央の方がぐっと大人っぽい。
「お待たせ!」と大きく手を振ってからころと下駄を鳴らして駆け寄る。
加奈に「お淑やかに」と口を酸っぱくして言われたことは、忘れた。
「彩芽、浴衣、可愛いよ。いつもより大人っぽい」
並んで歩きだして梨央がにっこり笑って褒めてくれる。
素直にうれしい。今日はなんとなく首元が涼しい。
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