第三章 側仕えは音楽の意味を知り、嫌われ貴族は人々の心に奏でよう

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 色々なことに手を出そうと焦った私にシグルーンから止めが入る。  その時フマルが声を上げた。 「でも一個くらい芸は欲しいよね。勉強が終わってからなら簡単な笛くらいなら教えてあげるから、今は勉強に集中しよう!」 「ありがとう、フマル」  フマルの嬉しい提案に私は大きく返事した。  シグルーンとフマルにこの国の成り立ちや領地の特徴を教えてもらう。  ただやはり私の頭ではなかなか勉強は進まず、今日の勉強は終わった。  フマルから楽器を弾くための専用の部屋があることを聞く。 「じゃあ、ここだと音が響き渡るから防音室に行こうか」  フマルとシグルーンを連れて防音室へ向かう。  誰かが扉の前で立っており、こんな夜更けなのに誰かが練習しているのだろうか。 「あら、ジェラルド様ですか?」  シグルーンが名前を呼んだ男は領主の護衛騎士で一番の若手の男だ。  何かとレーシュに敵意を向けたり、ラウルと喧嘩しそうになったりしていた男でもある。  ──花街にもいたんだよね。  堅物そうな人なのに、スケベなんだとどんどんこの人の評価が落ちている気がする。  相手もこちらに気付いて、シグルーンと気安く話す。 「シグルーンか。どうしたこんな夜更けに」 「エステル様に楽器の扱いを教える予定です」 「平民に楽器は扱えないだろ。それに今はアビがお使いになっている。そんな付け焼き刃の教養より、役に立つ側仕えの仕事を覚えさせろ。側仕えの汚点は主人の汚点だ」  ムカっとする言い方に、あんただって領主の側近のくせに花街に行って汚点にならないのか、と言ってやりたいくらいだ。  この男も前に私の加護無くなったことを領主に伝えた場にいたため、私の事情のことは知っている。  そのため何もない私にあまり良い感情は持ち合わせていないようだ。  その時、シグルーンの顔が冷ややかなものになった。 「ジェラルド様、剣聖として活躍されたエステル様をお呼びしたのはアビのはずです。たとえ平民だろうとも敬意は持つべきかと存じます。それに今はわたくしの主人でもありますので、貴方様といえどアビに抗議いたしますわよ」  シグルーンの静かな一撃が効いたのか、ジェラルドは、うっ、と喉を詰まらせる。  流石は元領主の側近だからだろう、彼女は貴族の扱いに長けていた。  ただここに突っ立っていてもしょうがないので、部屋に戻ろうとした時に少しだけ部屋から音が漏れていた。  気持ちが騒つくような、悲しいメロディーが流れ、一体何を思ってこの曲を弾いているのか。  だが突然曲が止まった。 「ん? どうやら今日はここまでのようだな」  ジェラルドが扉を開けてしばらくすると領主が部屋から出てきた。  普段よりも軽装な赤いワンピースを着ており、入浴も済ませているから化粧も取れているのに、それでも素が整っているせいで優しい綺麗さがあった。 「あら? みなさんお揃いでどうかしました?」  領主が私たちに気付いて微笑みかける。 「二人に楽器を教えて頂こうと思っています」 「楽器を? そうなの……」  領主は意外そうな顔をしたので、もしかすると本当にお茶会で無理難題を吹っかけるつもりはないのかもしれない。  ただ黙って何かを考えているらしく、気まずい時間が流れた。  そして何かを閃いたらしく、シグルーンに耳打ちをして何かを取りに行かせた。 「えっと、シグルーンはどこに?」 「ふふ、私の部屋よ。嬉しいわ、私が何か嫌がらせをすると思って練習をするのでしょ?」  図星だったが全て見透かされていると認めるのは癪だったので曖昧な笑みで誤魔化す。  ただ領主に隠し事をできる気がしないので意味のない抵抗だろう。 「でもあまり無理はダメよ。疲れが顔に出始めてる。馬車でも眠ってなかったのだから、今日は休んでいないのでしょ?」  確かに体はしんどい。  しかし寝ていないのは領主も同じではないだろうか。  だが彼女は普段と変わらない様子で、もしかするともうすでに仮眠を取ったのかもしれない。 「帰ってきたわね」  領主が廊下の先を見ると、シグルーンが剣を持って帰ってきた。  どうして剣を持ってこさせたのだろうか。 「アビ、大変お待たせしました。お部屋に飾ってあったこちらの剣でお間違いございませんでしょうか」 「そうよ、ありがとう」  細身の儀式用の剣だ。  綺麗な宝石がいくつも付けられ、決して戦うためのものではない。  領主は受け取った剣を両手で抱え、私の方へ向き直った。 「これからの貴女の栄達を祈って、こちらの剣を貴方へ与えます。シグルーン、せっかくだから騎士に下賜する流れを教えてあげて」 「かしこまりました」  シグルーンの教えてもらった通りに、私は片膝を折った。  右手は心臓の位置に添えて、顔を上げて領主を見上げる。 「エステルよ、其方は海の魔王レヴィエタンの討伐において、一騎当千のもとに見事その役目を果たしました。貴方の今後の成長とさらなる飛躍を期待して宝剣を与えます」  領主から剣を受け取り、今度は頭を下げる。 「ありがたき幸せ。この命ある限り、領地のために名誉に恥じない働きを領主と共に最高神へとお約束いたします」  何だかこそばゆいがこんな感じでいいのだろうか。  しかし私はなぜこの剣をもらったのだろう。  戦うための剣にも見えず、本当にご褒美としてくれたのか。 「シグルーン、この子をお願いね」 「かしこまりました」  領主はシグルーンに一言頼んでから、護衛騎士のジェラルドを連れて去っていった。  私たちも防音室へと入り、いくつかの楽器が置いてあるのが目に入った。 「何だか変わったものばかりね」  レーシュが使っていた竪琴もあれば、その他にも丸い筒状の物等、様々な楽器に少しめまいがする。  私に合う楽器なんて到底見つけられる気がしない。 「エステル様、もしよろければ剣舞を学びませんか?」 「剣舞を?」  シグルーンに言われ、ラウルが前に踊っていたことを思い出した。  力強く剣を振るって踊る様は、全く教養のない私でも楽しむことができた。  しかし私にそんなことができるのだろうか。  フマルも、なるほど、と同意の言葉を出す。 「確かにエステルならできるかも。元々剣をずっと握ってたんだし、エステルってすらっとした体付きだから、女性の貴族からも人気出そうだよね」 「ええ、アビもそれを期待してその宝剣をお与えになってくれましたから。おそらくお茶会でも見せる機会が来ると思いますので、簡単なステップだけでもマスターしましょう」  どうやら領主は私に剣舞をやらせようとしているみたいだ。  下手に楽器を触っても覚えられないだろうが、剣舞なら舞いさえできれば何とかなりそうだ。 「ええ、教えてシグルーン。それと私へ様付けはなくていいわ。やっぱり慣れない。それに教えてもらう側が上って変だもん」 「そういうものでしょうか? かしこまりました、ではエステル、わたくしがご指導をさせていただきます」   シグルーンが基本的な足捌きを披露する。  そして私は手本通りに同じように動く。 「流石は剣聖様ですね。綺麗な踊りです。どこかで習ったりされたのですか?」 「はは、お世辞はいいわよ」  いつもイザベルから社交のダンスは怒られてばっかりだ。  今回はそこまで窮屈な踊りではないが、いきなり上手くなるとは思えない。  だがフマルからも賛辞が来る。 「ううん、エステル上手だったよ! もしかしたらこれならいつかラウル様みたいに踊れるかもね。私は見れなかったけど……」  あの舞踏会ではフマルは参加できず、私が感想を伝えた時には妄想を膨らませていたが、やはりその光景を見れなかったのは心残りだったようだ。  私もいつかあんな踊りをしてみたいと、記憶の通りに踊ってみる。  ……もっと足捌きは早かったかな?  教えられたステップも思い出しながら、ラウルの剣舞を見よう見まねでやってみる。  領主の宝剣を振るい、頭の中でレーシュの演奏が流れてくる。  どんどん動きが早くなっていき、夢中でやってしまったことに気付いてすぐに動きを止めた。 「はは、ごめん。私がやってもあまり綺麗じゃないよね」  返事が来ないと思ってたら二人が目を丸くしていた。
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