こんなのキスじゃない

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「ほんとだ。狭っ! あっ、いや、悪い……」 またしても申し訳なさそうな顔をする部長に、「ほんとに狭いんです。私の言った通りだったでしょ」と笑顔を向ける。 「うちのキッチンよりかはもう少し広いと思うが、でもやっぱりほんとに狭いな」 それはそうだ。 7畳の部屋の中に、ベッドとテレビとチェスト、そしてローテーブルが置いてあるのだ。あとはウォークインクローゼットと備え付けの棚。 棚の中には本や小物、プリザーブドフラワーなどが置いてある。 私ひとりだとこの狭さは見慣れているし、ただ単に狭いな──くらいしか思わなかったけれど、こうして身長の高い部長が部屋の中に入ると、私が見てもますます部屋の中が狭く感じてきた。 「ですよね。狭いですよね。部長、おでんとか詰めるまで適当に座っててもらえますか」 わかった、と言いながら部長が狭いスペースに腰を下ろす。部長が座ったのを確認して、私はまたキッチンに戻った。 部長が返しにきた小さな土鍋におでんを移そうとしてふと考える。 どうせ食べるならこのままここで食べて帰った方が楽じゃない? 部長も、そして私も──。 私は再びキッチンから部屋に戻った。 「部長、このままここで食べていかれませんか? 持って帰って食べられるよりこのまま食べる方が楽ですよね?」 「そっ、それは楽だが、いくらなんでもそこまでは悪いだろ。部下とはいえ、女性の部屋だぞ」 「いえ、大丈夫です。私もおでんをお鍋に移しかえたり、野菜をタッパーに入れなくていいので。ただ部長の部屋に比べたら狭くて申し訳ないですけど。それにビールもちょうど3缶だったらありますし」 「なんか、俺は白石に世話になってばかりだな。あの時から」 部長はあのカフェで会った日のことを思い出しているようだ。 そう言われれば、私と部長はあの日から毎週末一緒に過ごしていることになる。 「そんなことないですけど、あの偶然に会った日から先週、そして今週と3週連続週末は部長と一緒ですね。なんか不思議」 苦笑いを浮かべると、部長も同調するかのように口元を緩めた。
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