こんなのキスじゃない

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狭い部屋のこれまた小さな楕円形のローテーブルの上に、ぐつぐつと煮込まれた大きな土鍋と白菜の浅漬け、トマトのマリネを並べる。コップと取り皿と箸、そしてビールを置くとテーブルの上にはもう何も置けなくなってしまった。 「ほんとに狭くてすみません。部長、足、お好きなように崩してくださいね。椅子じゃないので」 そう言いながら缶ビールを開けて部長のコップに注ごうとすると、逆に部長がそれを取り、私のコップに注ぎ始めた。私も部長から缶ビールを受け取り、部長のコップに注ぐ。 「一週間お疲れ、白石、本当に悪いな」 お疲れさまです──とカチンとグラスを合わせてビールを口に入れる。今までコンロの近くにいたせいか、冷たいビールがとても美味しい。 「あー、美味しい」 つい口から零れ落ちた言葉に、部長が楽しそうに微笑んだ。 「さっそく食べてもいいか?」 「どうぞ食べてください。……あっ、そうだ辛子! 辛子忘れてた!」 冷蔵庫からチューブの辛子を取り出して部長に渡す。 部長は牛すじとロールキャベツを置いたお皿の端っこに辛子を出すと、ロールキャベツを箸で掴み、その辛子を少しつけてパクッと口の中に入れた。 「うおっ、旨っ。よく出汁がしみ込んでる」 その言葉に自然と頬が緩み、笑顔になる。 安心した私は土鍋から大好きな厚揚げを取り、同じように少し辛子をつけて口に入れた。 「ほんとだ。出汁がちゃんとしみ込んでる」 「だろ? 旨いよな」 部長はあっという間にロールキャベツと牛すじを食べ、次に大根とちくわをお皿に入れた。 「あー、大根も旨い。……おでんを食べるとやっぱり博多の屋台を思い出すよな」 嬉しそうに笑顔を向けてくる部長に、「屋台のおでんですか?」と尋ねる。テレビや雑誌で屋台が多いというのは知っているけれど、今まで福岡には行ったことがないのでどういう屋台があるのかは分からない。 やっぱり屋台といえば定番のとんこつラーメンの屋台がほとんどかと思っていたら、部長の話によるとおでんや串もの、ステーキに中華、それにフレンチの屋台もあるとのことだった。
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