こんなのキスじゃない

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食器をシンクに置きっぱなしにしたまま冷蔵庫からプリンを取り出し、スプーンと一緒にテーブルの上に置く。 「部長、プリンどうぞ」 「白石、食器は洗わないのか? 洗わないのなら俺が洗うけど」 部長が気にするように私とキッチンを交互に見て、スウェットの袖口を上に引っ張り始める。 「大丈夫です。見ての通りキッチンも狭いので、食器を洗うにしても少しずつしか洗えないんです。洗った食器を置くスペースが少ししかなくて。少し洗っては拭いて……って感じなので、あとでゆっくり洗います」 それより、プリンどうぞ──と、テーブルの上のプリンをさらに部長の近くへと置き直す。 「そうか。申し訳ないな……。じゃあ先にプリンいただくぞ」 「どうぞ。このプリン、硬めなので部長はお好きだと思いますよ」 私も自分のプリンを手に取り、綺麗に覆われた蓋をあける。 「これって、コンビニでは見かけないプリンだよな」 「これはコンビニのプリンじゃなくて、駅の反対側の改札を出たところにあるケーキ屋さんのプリンなんです。たまたま昨日ケーキを買いに行ったらプリンが2個残ってて。そのプリン見たら、部長の冷蔵庫の中のプリンを思い出しちゃって」 やっぱり何度思い出しても、この松永部長とプリンが結びつかなくて笑えてくる。 「ケーキ買いに行ったって、昨日は誕生日だったのか?」 真顔で聞いてくる部長に、私は「はい?」と首を傾げた。 「誕生日だからケーキ買いに行ったんじゃないのか?」 「違いますよ。ただ普通にケーキが食べたくなって買いにいっただけです。誕生日なんかじゃありません」 「はぁ? 誕生日じゃなくてもケーキ屋に行くのか? 普通、誕生日でなかったらケーキ屋なんて行かないだろ」 「行きますよー。あのですね、女性はスイーツが好きなんです。ケーキだって食べたかったら買いに行くし、お店で食べたりもします。もう部長、いつの時代の話をしているんですか? その考えって、うちのおじいちゃんが言うようなことですよ」 ケーキ(イコール)誕生日と考えている部長に、面白すぎで思わず両手で口元を押さえながら笑ってしまう。 笑いがとまらない私に部長は、「おじいちゃんは失礼じゃないか? せめてお父さんだろ? だいたいな、男がケーキを食べるのは誕生日くらいだろ。わざわざ店に買いに行って食べようなんて思わないからな」と、面白くなさそうな顔をしながらスプーンを手に取る。 「食べるぞ」 拗ねた子供のような視線を向ける部長に「どうぞ」と笑いをかみ殺しながら言うと、部長は蓋を取り、スプーンでプリンを掬って口に入れた。
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