悠樹side #3

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白石は何も言わず頬を上気させて、ぼうっとしたまま座っている。 大丈夫か? と尋ねると、とろんとした艶っぽい瞳で俺を見つめた。今まで感じたことのないような気持ちが胸の奥で湧きあがる。 「部長……、あの、これって……、今のって……、キス、ですか?」と問われ、意味がわからずもう一度聞き返す。 すると、「こんなの……知らない……、キスじゃない……」と吐息と声が入り交じるような小さな声で呟いた。 首を振りながら甘えるような表情で瞳を揺らし見つめてくる白石に、再び唇を近づけてしまいそうになる。俺は慌てて視線を逸らすように顔を背けた。 今の『女』の表情を消し去るようにぎゅっと目を瞑る。 必死で自分を抑えながら、再び白石に視線を向けた。 「ごめんな、白石。ここまでするつもりはなかったんだが……」 大丈夫、です──と答えた白石の顔を見て、また触れてしまいそうになり、急いで視線を逸らした。 『私でセックスの練習をしませんか──?』 なぜかそのときふと、先日の白石の言葉が頭を掠めた。 俺がOKと言えば、この続きが……。 いや、俺はさっきから何を考えているんだ。 相手は白石だぞ。部下だろ。こんなキスをしたことも問題だと言うのに──。 今のキスをどう思ったのかわからないが、気にしないでください──と一生懸命笑顔を作る白石に、俺は何も言えず微笑み返すことしかできなかった。
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