一緒に福岡へ

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如月さんは部長に会えたのがよほど嬉しかったのか、部長と如月さんが出会った頃の話をし始めた。 「今飲んでいるコーヒーはね、松永くんが営業に来てウチに入れたのよ」 「じゃあ、ここのコーヒーってエムズコーポレーションのコーヒーなんですか?」 「そうよ。まだ松永くんが新人のころかしらね、ふらりとここに入ってきたの。最初は営業マンっていう素振りなんて微塵も出さずにね。それでこのカウンターに座ってコーヒーを注文して、本を読むわけでもなく、パソコンを開くわけでもなく、携帯を見るわけでもなく、ただぼんやりとコーヒーを飲んで帰っていくの。それが4、5回続いたかしら。そしたら私も気になるじゃない? 昼間からスーツを着たサラリーマンが何もせずただ時間を潰すようにコーヒーを飲んでるんだから、仕事が面白くないのか、上司と上手くいってないのかとかね」 如月さんの話を聞きながら部長に視線を向けると、含み笑いを浮かべながら美味しそうにコーヒーを飲んでいる。 「それでね、私は声をかけたわけ。どうしたの? 何か悩みごとでもあるのかって。そしたら松永くん、何て言ったと思う?」 何にも思い浮かばず、横に首を振る。 「1回でいいから自分にコーヒーを入れさせてくれないかって言ってきたの」 「えっ? 部長がここでコーヒーを入れるってことですか?」 「そうなの。びっくりするでしょ。スーツを着たサラリーマンがいきなりそんなこと言うから変な人かもしれないって警戒するわよね。でも真剣な顔してね、俺はこのコーヒーより上手く入れる自信があるっていうのよ。失礼にもほどがあると思わない?」 部長はプッと吹き出しながら、コーヒーと一緒に出されたチーズケーキを口に運んだ。 「失礼極まりない男なんだけどさ、この人そう言ったあと、こんなに居心地のいい空間でコーヒーを飲むなら美味しいコーヒーの方がいいと思いませんか? ってこのギャラリーのことを褒めるのよ。このハンサムな顔で居心地のいい空間なんて言われたら悪い気しないじゃない? だから私もつい、だったら美味しいコーヒー淹れてみなさいよ──なんて言っちゃってね。ハンサムな顔って得よね」 如月さんは当時のことを思い出したのか、ケタケタと笑い出した。
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