一緒に福岡へ

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「それで松永くんが淹れてくれたコーヒーなんだけど、それが悔しいことに私のより美味しくてね。香りもコクも。常連さんたちまで松永くんのコーヒーの方が美味しいって言い出しちゃって。同じ中挽きのコーヒー粉を使っているのによ。そしたら松永くんがコーヒーの淹れ方を教えてくれたのよ。最初は粉全体にお湯が浸み込む程度に中央から外側に向かって渦を描くように注いで、次にたっぷりとお湯を注いでコーヒーの香りを出して、3回目は少しお湯を少なくしながら注いで……ってね。松永くんの言う通りにコーヒーを淹れたら、確かに今までより本当に美味しくなってね。あっという間に松永くんは常連さんたちのヒーローになっちゃったわけ。もうファンがたくさんいて大変だったんだから」 部長の新人のころって想像はつかないけれど、でも部長の教え方は本当に上手だと思う。 いつも分かりやすくて丁寧で、納得するように教えてくれる。如月さんが部長のことを信用したのも分かる気がした。 部長って福岡にいた頃も、私たちに教えてくれるようにこうしてお客さんに教えてあげてたんだ……。 「でもここから続きがあるのよ。美味しいコーヒーの淹れ方を教えてくれた1週間後にね、今度は自分の会社のコーヒーを持ってきたの。でもこれを買ってくださいじゃないのよ。このコーヒーで常連さんにコーヒーを出して感想を聞かせてくださいってお願いにきたの。常連さんたちはコーヒーにはうるさいだろうから忖度のない意見が欲しいってね。こっちとしては美味しいコーヒーの淹れ方を教えてもらったから、そんなのはお安い御用よって二つ返事でOKしちゃったんだけど、常連さんがね、松永くんが持ってきたコーヒーの方が美味しいって言い始めてね。それもひとりじゃなくてほぼ全員が。そしたら松永くんのコーヒーを買う羽目になっちゃうじゃない。まんまとしてやられたわけ」 「まんまとしてやられたって、それは如月さんひどくないですか?」 部長が笑いながら如月さんに反論している。 「でも本当のことでしょ。あなたは策士だから。こんないい顔して策士ってほんと世の中ずるいわよね。常連のおばちゃんたちをみんな虜にしちゃって」 「そんなことないですって。あのときは本当に新しいコーヒーの感想が聞きたかっただけで、決してそんなつもりはなかったんですから」 「はいはい、わかってるわよ。あなたがコーヒーが本当に大好きだってことはね。だから私も今回、松永くんのいるエムズコーポレーションだったらこのギャラリーを託してもいいかなって考えたんだから」 如月さんが部長の顔を見て優しく微笑む。 「如月さん、その話ですけど、本当にこのギャラリーをうちのカフェにしてもいいんですか?」 部長は先ほどまでの笑顔とは違い、真面目な顔をして如月さんに問いかけた。
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