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「白石、お前もあの屋台でモテてただろ?」
あのときの感情が蘇り、つい語尾が荒くなる。
「私、屋台でなんかモテてません。何か勘違いされてるんじゃないですか?」
「そんなことないよ。屋台の店員が他の客よりお前に優しかっただろ?」
「屋台の店員さん? 普通でしたけど」
「だからそれは白石が気づいてないだけだって」
あの時のことを思い出して話しているだけなのに、俺はなんでこんなにムキになっているんだ……。
「部長、あのですね。店員さんは基本お客さんには誰にでも優しいんです。いくら私にもうかける言葉がないからって、店員さんからモテてるなんて言われても嬉しくないです。逆にもっと自信がなくなっちゃう……」
白石に顔を背けられ溜息まで吐かれてしまった俺は、バツが悪くて「俺はそのままで充分いいと思うけどな」と小さく呟いた。
そんなことを呟いてみてももう遅い。
白石はむくれているのか視線も合わせてくれなくなった。時間にして十数秒、そのくらいだろうか。
顔を背けていた白石が俺の方を向いて、「部長」と名前を呼んだ。
「なんだ?」と顔を向けると、「あの……、この間のキス……、ありましたよね?」と、言いづらそうな、躊躇っているような、そんな表情を浮かべている。
突然この間のキスの話を出され、俺はどういうリアクションを取っていいかわからず、無言のまま白石を見つめた。
これからこいつは何を言い出すのだろうか?
あの日から今日まで、キスをしたことなんてまるでなかったように普通に接して、そしてあえて避けてきた話題だ。
その話題には触れないようにと気をつけていたのに、白石からこの話題に触れられてしまうとは。
「私……、最初はすごくとんでもないことしてしまったって思ったんですけど、時間が経つとともに部長にあのキスを教えてもらえたのは良かったなって、大人の女性に一歩近づけたような気がして嬉しかったんです。私が知ってるキスって、ただ唇を重ねるだけのものだったから……。だからあんなキスは初めてでした。あのキスで初めて少しだけ自信をもらえたんです」
何を言われるのかと構えていた俺だったが、真剣に、必死に、涙を零しながら “あのキスで自信がもらえた” と話す白石がなんかとてもいじらしく思えた。
「でもやっぱりまだ自分に全然自信がなくて、こんな経験のない自分を相手に知られるのが怖くて……。だからってこんなこと部長にお願いするのは間違ってるってわかってるんですけど……。部長、私にあのキスの続きを教えてもらえませんか?」
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