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えっ……?
俺は耳を疑った。
今、こいつは俺にとんでもないことを言い放った。
私にあのキスの続きを教えてもらえませんか? ということは、要するにあれだ。
前に白石が俺に言った、セックスの練習相手になってほしい──、こいつはそういうことを言っているのだ。
「部長はすごく教え方も上手だし、わからないこともきちんと教えてくれるし、部長に教えてもらえるなら私……、もっと自信が持てると思うんです。もうこんな風に悩むこともなくなると思うんです」
「あ、あのな、白石……」
「前にあのお蕎麦屋さんで言いましたよね。練習相手になってくださいって。あれを、あれをお願いしたいんです。部長、お願いします」
白石は俺の目の前で深々と頭を下げた。
白いブラウスの袖から出た女性らしい手が、ぎゅっとブルーグリーンのスカートを握りしめている。
握りしめている手が微かに震えていて、そんな白石の姿に心が揺れそうになる俺がいた。
俺にできることなら、教えてやれるものなら、俺だって教えてやりたい、と思う。
だけどこれはそう簡単に頷けるお願いごとではない。
白石と身体の関係を持つ──、そう、それはセックスをするということだ。
キスならまだ百歩譲って間違いだったと許されるかもしれないけれど、セックスとなるとそうはいかない。
俺たちの間に愛情があるわけではないのだ。
少なくとも白石には──。
いや、俺にお願いしてくるくらいだから俺のことは嫌いではないのだと思う。だけどそれは愛情ではなくて、よく白石が口にする尊敬という名の好意だ。
そんな自分の好きでもない男が白石の初めての相手になってもいいものなのだろうか。
ダメだ。そんなことは絶対にするべきではない。
「白石、顔をあげて」
スカートをぎゅっと握りしめたまま頭を下げている白石にそう声をかけると、白石は神妙な顔をしてゆっくりと頭を上げた。
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