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ある男の間違いについて
ああ、そうだったんだ。
大学構内の中庭で、木陰に隠れて寝っ転がていた僕の耳に届いた声、その言葉は、ずっと胸の奥に刺さっていた棘や、疼いてやまなかった痛みの正体を教えてくれた。
貴方は誰を見ているの。
貴方の中で私の位置はどこにあるの。
……に、言われた事を思い出す。
その時は分からなかったけど、……の、涙を堪えた悲しげな表情は今でも脳裏にこびり付き、離れない。
苦く辛い、過去の記憶。
いまも、心震わせる……の残像。
咄嗟に覗き見していた幼馴染の友人の姿が、いつかの……の残像と重なった。
声を掛けたのは、謝罪すらも出来なかった……に対する罪悪感に胸が痛んだから。
強引に誘ったのは、あの時のあの表情、あの雰囲気に突き動かされたから。
放って置けない。
今度は間違えない。
誰に何をなぞったのか。
誰に何を許されたかったのか。
僕が分からぬままでいた頃、……はずっと僕に問いかけていた。ヒントを与えてくれていた。
愚鈍な僕はそれに気付かず放置した。
放置した結果、僕は……を失う羽目になる。
解けなかった答えを知った今、とても自分が部外者だと思えず、知らないフリは出来なかったのだ。
笑って欲しい。
残像の中の……は、いつも悲しげで、疲れていて、何かを諦めたような憂いを含んだ顔だ。
笑顔が素敵だと思っていたのに、笑った表情が霞がかったままで見えにくい。
とりとめもない話をして、飽きさせないよう、楽しんで貰えるよう、僕は何とか笑顔を引き出す努力をする。
僕が暗かったら相手に伝染してしまうから、わざとおちゃらけて、チャラい気安い男を装って。
大学でも休日でも一緒に過ごした。
過ごせば過ごすほど、……の残像は薄まって、溶けてきて、本当の君の表情がはっきりと形になってくる。
ああ、良かった。笑っている。
ホッとするのに何故か僕は寂しくなっている。
勝手に身代わりにしておいて、消えてなくなってしまった……の残像を今度は君に探してしまう。
女々しい。
終わったはずなのに、分かってたはずなのに、失くしたものにいつまでも縋り付いて求める僕は、最後の仕上げに取りかかる。
何も分かっていない君の彼氏君。
僕が現実を教えてあげるよ。
まだ彼氏君は大丈夫。
まだ取り返しのつく段階だ。
繋がった糸は細いし、いつ切れてもおかしくない状況だけど、失いたくないのなら地に落ちた信頼を誠心誠意、遮二無二取り戻すんだ。
枯れてしまった愛とともにね。
だってさ、僕のようになりたくはないだろう?
優先順位を間違えた為に、かけがえのないものを失った馬鹿で愚かな男。
未練を断ち切れず、過去に囚われてしまった亡霊のような男。
そんなクソったれは、僕だけで十分だよ。
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