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①
「なぁ。その赤い口紅、やめない?」
浩司の言葉に、私はメイクの手を止めた。今まさに繰り出していたのは、広義の「赤」リップだ。この秋冬の流行であるテラコッタに近い色味は、私に似合う色を吟味して、ようやく見つけた、最近のお気に入り。
「なんで?」
出かけよう、と言い出したのは浩司だ。依子と休みの日が被ることなんて、滅多にないんだから、と。珍しい誘いにテンションが上がって、念入りにメイクをした。
肌はマットに仕上げる。目元はキラキラを通り越し、ギラギラ輝くシルバーのラメを載せて、マスカラは何よりも、ボリューム重視。リップが主役で、目元も派手だから、チークは自然なピーチベージュを選んだ。
あとはこのリップを塗れば完成。唇だけ色を欠いているのはアンバランスだから、早く完璧な姿に仕上げてしまいたいのに。
「仕事のときは、そんなの塗らないじゃん」
勤め先のアパレルショップの店長になったのは、半年前だった。ますます浩司と休みを合わせづらくなると思って、同棲を始めた。
高校時代から付き合い始めて、約十年。そろそろこの先のことも考えなければならない。
私はドレッサーの引き出しの中にある、返事をしなければならない招待状を思い出した。出かけるついでに、投函してこよう。
「当たり前でしょ」
新卒で入った会社は、複数のブランドを展開している大手だ。その中で私が配属されたのは、「一生乙女」「生涯ガーリー」をコンセプトにしたブランドである。
子供っぽくならないように計算された花柄やフリルやレース。パステルカラーとホワイトで構成された洋服に小物たち。
だから店に立つときは、今日とは全然違うメイクをする。こんな顔で「花嫁ワンピース」なんか売ってられるか。
肌はツヤを重視して、パールの入ったパウダーを叩く。アイメイクもふんわりヌーディーな色を使って、ラメは控えめに。唇と頬は、誰からも愛されるコーラルピンクで彩って。
一度テンプレートを決めてしまえば、十五分で完成する。でもそれは、私の本当の姿じゃない。
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