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二人はお年玉のポチ袋を握りしめていた。ぐちゃぐちゃの千円札が、三枚。
弟の方はまだ数やお金の概念が曖昧だった。これでママにきれいなお洋服買えるね、と笑っている。
さすがにお姉ちゃんは、店のマネキンの足元に置いてある値段を把握していた。高価格帯の店ではないけれど、最低でもカットソーやブラウスで、一万円から。メインターゲットは、二十代後半から三十代前半の、働いている独身女性だ。
「あの、やっぱり……」
「ママは、どんなお洋服が好きなの?」
さようなら、を言わせる前に話しかけた。お姉ちゃんは虚を突かれて黙ったが、弟は元気に姉のスカートを引っ張った。
「ママ、おひめさまみたいな服、好き!」
「そうなの?」
弟の言葉の裏付けを姉に求めると、彼女は小さく頷いて、居心地が悪そうにスカートの裾を弄る。
「お母さんと買い物に来るとき、いつもこの店の前を通るから……」
飾ってある洋服を眺め、自分の着ているものを見下ろしては、溜息をつく。
「うち、お父さんいないから」
女手ひとつで二児を育てるのは大変だ。セールのときでも半額にしかならないうちの服を購入するには、よっぽどの理由と臨時収入が必要だろう。
よく見れば、少女の洋服はひらひらのレースが使われた可愛らしいものだが、量販店で売っている安っぽいデザインだ。
「お姉ちゃんも、こういう服が好きなの?」
「え……うん」
母の買い物をしに来たのに、自分の好みを聞かれるとは思っていなかったのだろう。戸惑い、はにかみながらも、お姉ちゃんは小さく頷いた。すると緊張がほどけたのか、彼女は店の中の洋服を、楽しそうに見回した。
こういう服が好き、というのは本当だった。よかった。自分が好きな服を着られないフラストレーションを、娘を着せ替え人形にすることで晴らしているんじゃなくて。
心置きなく、誕生日プレゼントを選ぶ手伝いができる。
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