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「休みの日くらい、私の好きな格好させてよ」  黒の異素材ミックスワンピースは、他社のブランドの物だ。背が低い私でも、ヒールを合わせればマネキン通りの着こなしが叶うことに感動して、買った。童顔・丸顔には合わないハンサムさだけれど、化粧と髪でどうにでもなる。  最後のリップをさっさと塗ってしまえばいい。リップライナーで縁取りする必要も、筆を使う必要もない。ラフに塗るのが、今の気分なんだから。  浩司の視線は私に向けられていない。ベッドの上に寝転んで、スマホを弄っている。  出かけようと言ったのは彼だったのに。いつだって支度に時間がかかるのは女。早くしろよと言いつつも、ギリギリまで自分は動かないのが男。 「なんかさ……唇赤いのって、おっかねぇじゃん」  魔女みたいでさ。  言われて、私は自分の姿を見下ろした。濃い化粧に黒いワンピース。なるほど、魔女だ。けれど、浩司にも世間にも、迷惑をかけているわけではない。  そもそも浩司は、基本的に服装が変わらない男だ。  オンのときは学生服からスーツに代わっただけ。オフのときなんて、高校時代から同じだ。夏はTシャツにハーフパンツ、サンダル。それ以外は上に長袖のシャツを羽織り、下はデニムかチノパン、スニーカーがお決まり。寒ければ気温に応じた上着を着る。  しかも、物持ちがいいと自負しているのが、性質が悪い。襟ぐりがダルダルになっているTシャツを捨てて、喧嘩になったのは記憶に新しい。勿論、謝ったのは私だ。  TPOに合わせてだとか、デートだから格好つけようとか、そういう気持ちは一切ないのだ。自分の見てくれには構わないくせに、隣に立つ私に対しては、容姿を求める矛盾は、彼の中でどう整理されているのだろうか。 「やっぱ一緒に歩くんだったらさぁ……可愛い女の方が」  チラッ、チラッ、とこちらを窺う視線がウザい。私は一度だって文句を言ったことはないのに。  結局のところ、単純に彼は気が変わったのだろう。朝起きてみたら、外は重い曇り空だし、気温も低い。外に出るよりも、家でゴロゴロしていたくなったに違いない。はっきりと「出かけるのが面倒になった」と言ってくれた方がはるかにマシだ。
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