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私はサッと口紅を引いた。
「もういい」
「え? 今日のデートなし?」
心なしか、彼の声のトーンが上がった。
浩司の中ではすでに、「依子が勝手に機嫌を悪くしてキャンセルになった」というふうにすり替わっている。自分で責任を取りたくないのが、態度にありありと現れている。
口紅をティッシュでオフしてから、グロスで仕上げる。本当はもっと大人しくするつもりだったけれど、目元に負けないくらい大粒のラメが入ったグリッターグロスにした。
雨が降りそうなのは気になるが、ここまで支度を完璧にしたのだ。一人でも出かけなければ、気が済まない。
「行ってきます」
声はかけたが、「行ってらっしゃい」の一言もない。
ちらりと振り返った浩司はやはり、スマートフォンを真剣な表情で弄っていた。何が彼をそんなに夢中にさせるのか、わからない。
わかったところで、見習うべき点もないだろうが。
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