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③
先週の土曜日は休めたけれど、今週は出勤だ。モールのポイントが三倍になる期間で、いつも以上の混雑が予想される。
「いらっしゃいませ」
「ありがとうございました」
微笑みを絶やさずに、売り場を歩き回る。質問されれば即答し、試着室を案内する。プライスダウンコーナーは、すぐにぐちゃぐちゃになってしまう。いちいち畳むのは面倒だが、見栄えが悪いので仕方がない。
あっという間に午後一時を回ろうとしている。
「あれ。新人さんは?」
二週間前に入ったばかりのバイトの子が、シフトの時間になっても来ていないことに気がついた。一人足りない状態だ。どうりで忙しいと思った。
「そういえば見てないですね」
休憩から帰ってきた後輩社員が首を傾げる。
驚くほど真面目な子だ。例えば、洋服を畳むのも几帳面に、アイロンをかけたのかと見紛うほどにピシッと畳む。お辞儀の角度は教科書通り。
遅刻や欠勤の連絡も、きちんとするタイプだ。電話もLINEも来ていないということは、スマホの操作すらできない状況なのかもしれない。そういえば、テレビで「インフルエンザ流行の兆し」とやっていた。
視線で後輩に合図して、私はバックヤードに引っ込む。スマホを取り出したが、相変わらず彼女からの着信はなし。
こちらから電話をかけるも、コール音が虚しく響いた。二十回くらいしてから、ようやく繋がる。
「あ、もしもし? 加賀さん? 大丈……」
すぐにブツリと切れた。ツー、ツー、と不通音を呆然と聞く。
彼女は電話に出た。けれど、私の話を聞くこともなく、自分から切った。もう一度かけてみるけれど、「電源が入っていないか……」と機械的な女性の声が繰り返すだけだった。
大きく溜息をついて、店に戻る。後輩は私の様子を見て、何があったのかをだいたい把握する。
「いらっしゃいませ」
笑顔を作る。
さて、休憩には何時に入れるだろう。
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