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「……ら、──おら、起きろ」
「ん……」
ゆっくりと目を開ける。そこにはあの大柄な男のシスターと、申し訳なさそうなカテリーナが居た。
「……ごめんなさいジョシュア。でもあなたの為なの」
「どういう……」
「貴方は誘拐されたの。ヴィヴァルディ公爵にね」
それはまあ……他人から見るとそうかもしれないが。
「……ちがう、同意の上で……」
「彼は貴方を利用するつもりだったのよ」
それもまあ……なんとなくは。
「知ってるけど……」
「え!?それでもあそこに居たの!?」
「まあ……」
「行く宛のないガキを利用したんだろ」
「リカルド」
リカルドと呼ばれたその男のシスターは、ぶっきらぼうに言葉をタバコの煙と共に吐き捨てる。
「よくある手口だ。美少年を匿う時にな。そんで、好きなように遊ぶんだろ」
「間に合ってよかったわ、ジョシュア……何も知らないということは、何もされていないのね」
いたぶって遊ぶつもりだったのか、あいつは。まあ、予想はしてたけどあの暖かな時間のせいで鈍ってしまっていた。……最初から、分かってはいたけど……。
「……アェルド……」
「んな奴とっとと忘れちまえ。ここはテメェらみたいな孤児を引き取って育てる教会。オレみたいなやつも雇ってくれる優しいところだよ」
「ところでなんでそんな格好……」
「ああ、何かと都合が良くてな」
そう言うとリカルドは裾を軽く持ち上げる。足はどうやら、義足のようだった。よく分からないのは片足の義足の先に、足の代わりに鋭いナイフの様なものが付いていたからだ。
「この服だと、こんな足でも違和感ねぇだろ」
タバコを水の張ったカゴへと投げ捨てると、じゅっという音とともに火は消えた。
「ともかくここで暮らせ。あいつはいい噂ねぇからな」
「噂……?」
「……魔女に惚れた男なんだよ、あいつは」
魔女……聞いたことはある。不思議な力を使える女性で、忌み嫌われているというのも。そんな存在に惚れた?アェルドが?
「魔女に惚れた男っつーのは単なる伝説だったが、それがあのアェルドだという噂があんだよ。よく分からねぇが、一人の女に執着してるらしい」
まさか、言っていた「大切な人」のことか?オレを預けたとかいう……。
「まあそもそもあんな目持ってんだ。よくはねぇだろ」
「オレにとっては恩人だ。あんまり悪く言うと怒るぞ」
静かに睨むと、カテリーナがその間に入るようにオレに話しかけてきた。
「ごめんなさい。リカルドは悪い人じゃないのよ?ただ……」
「おい、余計なこと言うんじゃねぇぞ」
リカルドはそう言うとそそくさと歩いていってしまった。まあ、悪い人では無いのだろうが、怖がられるんだろうな。
カテリーナはそっと隣に腰かけると、申し訳なさそうに見詰めてくる。
「本当にごめんなさい。こんな手荒な真似はしたくなかったのだけれど……リカルドは貴方を守りたかっただけなの。だから……」
「分かってるよ。でもオレは、アェルドに拾われたんだ」
「ジョシュア……」
あいつを信用したわけじゃない。でも、戻らなきゃ行けない気がする。
「だから……」
「行けませんわジョシュア」
「シスター・アレンザ!」
いかにも厳格そうなシスターが歩いてくる。アレンザと呼ばれたその女性はジョシュアの前にしゃがむと、その手を握る。
「貴方はここに居るべきなのです。それが貴方のためなのですよ」
「オレのため……」
「ええ、そうです。ここなら貴方を守れますわ。だから、一緒に居ましょう?あんな人間のことはもう忘れて……」
「オレのためだと言うなら、あそこへ帰してくれ」
オレは、オレの意思で決める。
「後悔しても、それがオレの選んだ道だ」
「ジョシュア……」
「……いけませんわ、いけません……」
アレンザはぶつぶつと何かを呟きながら、オレの顔を掴んだ。咄嗟にカテリーナがその手を掴む。
「シスター・アレンザ!?乱暴は……」
「いけませんわ!あなたのその真っ赤な目に白銀の髪……これが必要なのよ」
するっとその髪を撫でるアレンザを、カテリーナは不思議そうに見つめる。
「シスター……?」
「……捕らえなさい」
「なっ……!」
「ジョシュアを地下牢に入れなさい!!」
そしてさっさとアレンザは歩いていく。その代わりに、男達が部屋へと入ってくる。
カテリーナは離れていくアレンザの背に叫んだ。
「待ってシスター・アレンザ!なぜ捕えるの!?」
「迎えが来るわ。それまで見張ってなさい」
そう言って、アレンザは扉を閉めてしまった。カテリーナは抵抗虚しく連れていかれたジョシュアの方を見て、不安そうに声を漏らした。
「どういう、事なの……」
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