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「───ほら、出来たぞ」
あれから髪を切られて、風呂に入れられて、服をさんざん着せられた。そして鏡の前に連れて行かれて見えたのは、生まれて初めて見る自分の姿だった。あれ?案外悪くないのでは?と思うほどには、綺麗に整えられていた。
「すごい」
「すごーい!」
「すごいー」
少女たちがはしゃぎ周囲を歩き回る。ブルームがそれを見て「こら」と優しく声をかけた。
「リァハ、ユゥア、シュア。ジョシュアが驚いているだろう。先にルチアの元へ行っておいてくれ」
三人はそう言われると「はーい」と同時に返事をしてそそくさと部屋を後にした。
ブルームは一息ついてからオレを見ると「説明しながら、ゆっくり行こうか」と微笑む。どうやら優しい大人だがやはり信用は出来ない。まだ、したくない……。
そんな不安なオレの気持ちを他所にブルームは俺の背を押すと、部屋を出て廊下を歩き始めた。ルチア……あの男は不思議なやつだろう。そう言って、ブルームは話し始める。
「君を拾った理由は私も分からなくてね。ただ、悪い様にはしないさ。まあ信じてくれと言っても難しいだろうが……とにかく、そんな奴じゃない」
たしかに難しい。なんというか、信用出来ない人間とはああいうやつの事を言うのだろう。強く数回頷いているとブルームは、ははっと笑った。
「分かるよ。私も最初はそうだった。……家の事情で使用人になることになってね。あいつがわざわざ私を指名したんだよ。有り得るか?親友を従者になんて」
ムッとした表情から一変、懐かしむように微笑むブルーム。
「……でも、あいつはただ私を引き取ってくれただけで、使用人らしい事なんて何一つ望まなかった。「お前は一緒に居てくれるだけでいい」と何度言われたか。まあその度に反抗して鍛えているのだがね」
よく見ずともブルームは鍛えられた体をしている。元々身長はあるだろうが努力の結果なのだろう。だからこそ威圧感もあるのだが。
さて、とブルームは目の前の扉に手をかける。あっという間に着いていたらしい。この先にはあの男、アェルドがいる……。表情が強ばったことに気づいたブルームがふっと柔らかく微笑んだ。
「昨日ルチアが言った通り、都合が悪くなれば出て行けばいい。ただ、ここに居ることによって君の得にはなると思う」
そしてゆっくり扉を開くと、アェルドがソファに座って紅茶を飲んでいる姿が見えた。相変わらずどこか気に食わない。なぜだろうか?……もしかしたら、どこかお高くとまってそうだからかもしれない。ともかく気に食わないのだ。
「おはよう、ジェシー」
「その呼び方やめろ。女みたいでやだ」
「そこに座りたまえ」
やめる気ないな。わざとらしくため息をついて向かいのソファへと座り、じっと見つめる。左右で色の違う瞳。綺麗な顔立ち。どこをどう見たってムカつく男だ。
「昨日はよく眠れたかい」
「……まあまあ」
実はぐっすり眠れたのだがなんとなく素直には言いたくない。あんな柔らかいところ、あったんだな。
やがてブルームと三つ子が料理を運んできて、食卓は賑やかになった。パンにスープにお肉……食べきれないほどある。誰が作ったか知らないが、とにかく美味しそうだ。
「お腹も空いたろう。話はそれからにしよう。安心したまえ、毒など入っていない」
そう言われる前にはがっついていた。手で掴んでは口に入れていく。勿論食器の意味も使い方も知らなかった。だがアェルドは怒ることなく「そのうち教えねばな」と言うだけで、(今日のところは)好きに食べさせてくれた。
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